19世紀後半に登場したピルスナー・ビールは、どうしてこれほど多くの人々に受け入れられたのでしょうか? そこにはやはり、産業革命がもたらした新しい価値観と密接な関わりがあります。
産業革命によってビール産業が確立する以前、イギリスの農村では各家庭でビールを醸造するのが一般的でした。ビールの語源は諸説あり、ラテン語の「飲む」をあらわすという説もありますが、古代シュメール語で「パン粥」を意味する言葉であったともいわれています。このように人々にとって高カロリーでビタミン豊富なビールは、毎日の食生活に欠かせないもの、いわば「液体のパン」だったのです。18世紀に入って急増した都市の労働者が盛んにビールを飲んだのも、酔ってウサを晴らすということ以外に、肉体疲労をおぎなう滋養強壮としての面があったことを忘れてはいけません。
ところが19世紀も半ばを過ぎたあたりからイギリスでも社会環境が改善され、労働者の暮らしに余裕ができるようになると、飲み口やのど越しといった飲酒そのものにビールの楽しみを見いだすようになりました。1842年に誕生したピルスナーは、こうした時代の風潮とピッタリ合っていたのです。
またガラス製の容器が登場したことも、ピルスナーの人気に拍車をかけました。1845年にガラス税が撤廃されると、安価な国産ガラスが大量に生産され、ビールの容器も陶製からガラスに変わっていきました。当時の人々にとって、透明なガラスから見えるピルスナーの黄金色に澄んだ色合い、そして細かな泡が立ち上がる様子は、黒味をおびた褐色のエールに比べて、新しい時代の到来を予感させたのです。
産業革命がもたらした社会環境の変化は、人々のビールに対する考え方を大きく変えていきました。これまでの栄養補給といった直接的な動機ではなく、飲酒そのものを楽しむ嗜好品としてビールをとらえるようになったのです。ピルスナーは、こうした時代にあって、まさに生まれるべくして生まれたビールであったといえるでしょう。