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史学部

No.2

ビールの楔形文字が語る
ストローの誕生秘話。

古代メソポタミア文明において、ビールが人々の暮らしにどれほど深く関わっていたか。それはシュメール人が使用した楔形文字によってもうかがい知ることができる。
紀元前3300~3000年、のちに完成される楔形文字がまだ絵文字のようだった頃、ビールは「甕の中の水と穀物の粒」という図柄によって示されていた。すなわち、粉砕した麦芽が水の中で糖化して麦汁となり、やがてアルコール発酵がおこる。そんなビール誕生の基本プロセスを、シュメール人はごくシンプルな図柄によって、見事に伝えてみせたのである。

▲ 「麦」が描かれた粘土板と
  「つぼ」を表す文字

もともとメソポタミアという地名には「河の間の土地」という意味があった。現在のイラク、チグリス、ユーフラテス両河川に挟まれたメソポタミアの地は、しばしば洪水に見舞われながらも、それによって土地が肥え、豊かな農耕文化を生み出してきたのである。ビールはまさに、そうしたメソポタミアの象徴であり、シュメール人が神聖な飲み物とみなしたのも当然のことと言えよう。しかしひょっとして、中にはこんな正直者もいたかもしれない(無論いなかったかもしれない)。
「確かにビールはおいしいよ。でもね」
と、あるシュメール人はためらいがちに言うのである。
「この麦の殻やら粒やらが、どうにも飲むときに邪魔でならないんだ」
以上、すべて憶測にもとづく発言である。しかし、当時の原始的なビールづくりにあって、麦の殻や粒といった残滓がビールに混ざっていたことは間違いないとされており、そこから生まれたのがストローである。つまりシュメール人は、麦やアシの茎を筒状にして、ビールの上澄みだけを吸飲していたのである。身分の高い者には、装飾細工を施した金の「マイストロー」を持参する洒落者もいたというから、メソポタミア文明の成熟ぶりがビールからもうかがうことができよう。

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