[ページの先頭です。]

ページ内を移動するためのリンクです。

[ここから本文です。]

史学部

No.143

初めてビールを醸造した日本人は
「日本化学の祖・川本幸民」だったといわれる

出島のオランダ商館長ヘンドリック・ドゥーフが日本で初めてビールの醸造を実現してから数十年。幕末の動乱期に日本人で初めてビール醸造に挑戦したといわれる男がいた。それが日本の化学の分野に大きく貢献した蘭学者・川本幸民である。

(日本学士院 蔵)

日本の開国が近づいた幕末の動乱期、西洋の最先端の技術や知識を旺盛に吸収し、日本人で初めてビール醸造に挑戦した蘭学者、川本幸民は1810(文化7)年、摂津国有馬郡三田藩(現在の兵庫県三田市内) で生を受ける。川本家が代々三田藩の藩医を務めた家柄だったこともあり、幸民は幼い頃から熱心に勉学に励んだという。

江戸に出てオランダ医学を学んだ彼は、やがて蘭学者として有名になり、特に化学の分野に大きく貢献する。また幸民は従来「舎密(せいみ)学」と呼ばれていた学問に対し、「化学」という言葉を日本で初めて使用したことから「日本化学の祖」と呼ばれている。数多くの化学実験を行っていた幸民は、一般の日本人にはビールの存在がほとんど知られていなかった時代に、実験のひとつとしてビール醸造を試みたのだった。

おすすめコンテンツ

TOPへ戻る

[ここからフッタです。]

先頭へジャンプ