ビールの歴史
神聖なビールを飲む角杯の変遷

古代ゲルマン社会では、日々の暮らしのあらゆる場面で、ビールが極めて重要な役割を果たしていた。そのことは次第に、ビールを飲むことそのものに対する、独自のこだわりへと発展していった。
*以下の物語はフィクションであり、登場する人物および団体は、すべて架空のものである。
「まったく近頃の若者ときたら」
族長のガルトはそう嘆かずにはいられない。古くよりゲルマン人は、ビールを飲むときに角杯を利用してきた。ところが近頃、若者の間では、派手に飾り立てた「カスタム角杯」を持つことが流行っているのだ。
「浮ついている」
とガルトは思う。しかし、そんな心配などお構いなしに、息子のティコとテガンは、今日も角杯のカスタマイズに余念がない。
「ティコ兄さん、その縁まわりのシルバー、イカすね」
「今年の秋冬シーズンは、シルバーの気分なんだ」
「俺は、彫り物を入れてみたよ」
「死神ヴォーダンか、相変わらず不良テイストだな、テガンは」
「角の素材感を活かしたかったんだ」
西暦1世紀に入ると、角杯にはゲルマン語を表記化したルーン文字が刻み込まれるようになった。「ルーン」には「秘儀」という意味があり、ゲルマン人はその文字に不思議な魔力が宿ると考えていたのである。
「まったく近頃の若者ときたら」
と族長のガルトは嘆かずにいられない。息子のティコとテガンは、今度は角杯にルーン文字を刻み始めたのである。
「ティコ兄さん、そのルーン文字ヤバいね。なんて書いてあるの」
「これは『ファイト!ゲルマニア』って読むのさ。テガンのはなんて書いてあるんだ」
「これは『サーフ・シティ』って書いてあるのさ」
「意味わかんねえよ」
ゲルマン人はルーン文字を、記録を残すための手段としてだけでなく、神々に由来した霊的なシンボルと考えていた。ルーン文字が持つ不思議な魔力によって、その角杯でビールを飲んだ者にも、超人的な勇気と力が与えられると信じていたのである。ゲルマン人が好戦的で勇猛果敢な民族であった理由は、こうした死を恐れることのない強い信仰にあったからかもしれない。