[ページの先頭です。]

ページ内を移動するためのリンクです。

[ここから本文です。]

史学部

No.135

鎖国時代にオランダが日本と交易できたのは、
布教しないと約束したからだった

江戸時代の日本では、海外渡航はおろか外国との貿易すら一部を除き認められていなかった。日本で初めてビールを醸造したヘンドリック・ドゥーフの祖国オランダは、そんな鎖国時代に唯一、日本との交易を許されていた西洋の国であった。

江戸時代の日本では、日本人が外国へ行くことを禁止し、外国との貿易も一部を除き認め られなかった。特に、西洋諸国との交易は厳しく制限された。室町時代に日本へ伝わったキリスト教が、江戸幕府にとって次第に脅威となったため、これ以上のキリスト教の布教を防ごうとしたのだ。江戸幕府が設立してからわずか数十年の間に、イギリス、スペイン、ポルトガルなど西洋諸国との交易は次々と禁止されていった。

そんな中、西洋の国で唯一日本との交易が許されていたのがドゥーフの祖国オランダである。キリスト教国でありながら、なぜオランダだけが許されたのかというと、日本への来航は、布教ではなく貿易を目的とすると約束したからだ。そのため、幕府は西洋諸国との交易禁止後も長崎・出島をオランダ船の貿易港として積極的に保護し、以来二百数十年の間、長崎は開かれた唯一の西洋との窓口となったというわけだ。

おすすめコンテンツ

TOPへ戻る

[ここからフッタです。]

先頭へジャンプ