ビールの歴史
中世ヨーロッパでは、ビールは
飲み物というより食事の一部だった

北方ゲルマン民族の飲み物だったビールが、中世になるとヨーロッパ社会で広く受け入れられるようになった。この頃のビールは栄養を取るための食事でもあり、今と比べるとかなり多量に摂取されていたらしい。結婚式やキリスト教の祝日には、ビールで歓談する宴会も開かれたという。この頃から宴会といえばビールだったのだ。

フランス語写本1753番
気候的にワインが生産できなかった北方ゲルマン人の飲み物だったビール。ゲルマン民族が南方にも大移動してきたため、中世になると、広くヨーロッパ社会で受け入れられるようになる。実はこの頃のビールは、飲料というよりは栄養を取るための食事の一部。大麦やエン麦のようなパンには向かない穀物からカロリーを得る手段だったのだ。冷蔵庫など当然なかった時代、肉にしても魚にしても塩漬けの食材が多かったため、現在よりもはるかに多量のビールが消費されていたという。
また中世ヨーロッパは身分制社会の時代。貴族や都市民、農民は、宮廷や都市、農村で、家臣団やギルドなどのそれぞれの組織に属しながら生活していた。それぞれの集団で、結婚式などのお祝いやキリスト教の祝日には、ビールなどを飲みながら歓談する宴会が催されており、人々のきずなを強める格好の機会になっていた。昔も今も宴会とビールはつきものらしい。