ビールの歴史
壁画は嘘をつかない
なぜなら神様に見せるものだから

古代種のエンマーコムギは皮が硬くてなかなかむけない。ところがロバなどが踏むとうまく皮が取れるという。確かに古王国時代のお墓の画では、ロバが踏んでいるのだ。そう、お墓の中の壁画は、原則的に嘘はつかない。なぜなら壁画を見るのは神様しかいないから。エンマーコムギの例をみても壁画に描かれていることは正しいといえるのでは?
これは技術者の方に聞いたんですけども、エンマーコムギってすごく皮が硬いんだそうです。なかなかむけない。あんまり硬くて、皮を取ってるつもりが麦の本体まで割れてしまうこともあるそうです。
ところが、ロバだとかそういう動物が踏むと、うまく皮が取れるらしいんです。そうして、古王国時代のお墓の画では、たしかにロバが踏んでいるんです。
キリンビール大学が新王国ビール再現のお手本にしたのもケンアメンという壁画です。
じつは世界中のどんな人でも、古代エジプトのビールのことを本に書くときは、この壁画を参考資料にしています。これしかないんです。
もちろん私がこの絵を見ても、醸造学の専門家ではありませんから、どれがどういう工程かということはわかりません。
ただ、古代エジプトの壁画──お墓の中の壁画は、原則的には嘘をつかない。なぜかというと、壁画を見るのは、神様しかいないからなんです。
ですから、エンマーコムギの皮をむくときにちゃんとロバが描かれているということも含めて、やっぱり壁画に描かれていることは正しいんだなと思います。
また余談になりますが、そういう壁画の中に鳥を料理している場面があるんです。
皆さん、鳥をさばいたことはありますか?
ふつう、羽毛がきれいに抜けないんです。というのは鳥が、死んだときに硬直して毛穴がキュッと閉まるからです。
ところがそれは、お湯につけるとファッと開く。そうすると簡単に取れる。私はそのことを古代エジプトの壁画で学んだわけです。
われわれがエジプトの砂漠で発掘作業をしているときは、食事は現場で料理して準備します。それであるとき、出てくる鳥料理に羽毛がやたらにくっついている。あまり気持ちよくありません。
だから現地の料理人にたずねたら、お湯につけると簡単に羽毛が取れるということを知らなかったんです。
「これはあなたたちの祖先がやっていたことなんだよ」って教えてあげたら
「勉強になります」なんていってましたけど。
by 吉村作治 早稲田大学名誉教授 エジプト考古学者