ビールの歴史
王が独占した特産物が
エジプト王家の支えだった

希少なワインは王の独占。ほかにも蜂蜜、パピルス(紙)が王の独占物だった。なかでも重要なのはパピルス。当時、エジプトでしか生産できなかったパピルスのおかげで、約3000年もの間、エジプトが経済的に優位に立っていられたのだ。
醸造技術はビールのほうが上でしたが、当時のエジプトでは、簡単にできるワインのほうが高級品でした。なぜでしょうか。
これは、単に絶対量が少ないから。当時のエジプトにおける麦とブドウの収穫量の違いからです。現代でも、手に入りにくいものは、どんなものでも高価になります。
たとえば当時の裕福な人、つまり貴族などは、自分の家にビール小屋を作って、専門のビール職人──醸造人を抱えることができました。しかし、ワインだけは王様の一手販売。王様以外は、たとえ宰相であろうともワインをつくってはいけなかったのです。
ワインと、それから蜂蜜も王の独占物でした。すべてがいったん王様のところに集められてから、ほかの者に分け与えるというシステムです。
そうすると、王様に気に入られるとほかの連中よりもよけいにもらえたりする。
ただその一方で、当時はクーデターもけっこうありましたから、その王様が殺されると自分も立場がなくなる。一種の派閥争いみたいなもの。そういうこともよくありました。
王様が独占していたものとして、もうひとつ重要なものがあります。パピルス──ペーパーの語源です。すなわち紙ですね。
紙も王様の所蔵、いわば独占企業でした。当時、紙はエジプトでしか生産できなかったのです。
約3000年間、エジプトが経済的に優位に立っていた一番の理由は、じつは紙なのです。
経済的に豊かだから奴隷もいないし、古王国時代はエジプトはほとんど戦争をしていません。軍隊もありません。他国と戦争をする代わりに、紙を売って、ワインを買っていたわけです。
エジプトが外国に紙を販売してた場所が、今のレバノンのビブロス──今はサイダという地名に変わっていますが──なので、世界的に紙のことをビブロスと呼んでいるわけです。
余談になりますが、キリスト教の聖書──「バイブル」という呼び名も、元々は「ビブロスで買った物に書かれたもの」という意味です。ただ単に「紙」という意味。
ですから「ザ・バイブル」と呼ばないと聖書を指すことにはならないのです。
付け加えると、古代エジプトの王国が没落していった最大の理由は、中国から漉(す)き紙が来たことにあります。漉き紙のほうが製造が簡単で材料を選びません。つまり安価です。
それでエジプトの王家の財力が一気に落ちて、いつの間にか地中海世界の盟主ではなくなったというわけなのです。
by 吉村作治 早稲田大学名誉教授 エジプト考古学者