ビールの歴史
食卓の豪華さは違っても、
ビールは庶民からファラオまで
同じように飲んでいた


古代エジプトの一般庶民は想像以上に恵まれていたものの、食べるものに関してはファラオの食卓と貴族や庶民、農民の間では、大きな違いがあった。そんな中で平等の存在だったのがビール。宴会好きの古代エジプト社会では、毎日のように宴会でビールが飲まれていたという。
ハリウッド映画で描かれている古代エジプトのイメージはファラオが国民をしいたげ、奴隷をムチでたたきながら自分の墓のためにピラミッドを造らせるというものだ。しかし実際のピラミッド建設に従事していた人たちの住んでいた町の跡が見つかってみると、人々は喜んで働き、それらの人たちは奴隷でもなく、一般のエジプト農民や職人であったことがわかった。医術も農民や職人に施され、食事や休暇もきちんと与えられていた。それにも増して出勤簿までつけて労働管理を行っていた記録を見ると、驚いてしまう。とは言ってもファラオの食事と貴族や庶民、農民の食べていたものは違っていた。
当時の食生活を知るには、墓の中の壁画やパピルス文字、そして死者の書などがあるが、それらはおおむね貴族やファラオといった上の階層の人たちのものである。一般庶民や農民たちの食生活を知ることは難しいが、ギリシアの歴史家ヘロドトスの書いた「歴史」にはピラミッドを造った人たち、おおむね農民や職人たちの食生活に触れている。パンとビールとにんにく、大根などを食べてピラミッドを造ったと述べている。今でも私たちの発掘現場で働いてくれる労働者ーほとんどが農民ーの食事と同じだ。大根の代りに玉ねぎとトマト、そしてチーズが入るくらいである。
それにひきかえ、ファラオたちの食事はとても豪華だった。今の西洋料理のフルコースよりよかったと思われる。しかも今流行っているブッフェと言われる「食べ放題」だった。これらの料理の品目と食事法は古代ローマに引き継がれている。そういった中でビールは庶民も貴族もファラオもない平等な存在だった。
一日の始まりはビールから、そして終りもビールだった。貴族の家にはビールを造っている壷が山積みされていたという。古代エジプト人は宴会好きで、毎日のようにどこかの家でパーティーが開かれていて、毎回ビールがふるまわれていたのだ。まさしくビールで乾杯の日々だったのであった。
by 吉村作治 早稲田大学名誉教授 エジプト考古学者