ビールの歴史
人々にビールを注ぎ続ける
女神「ニンカシ」

古代メソポタミアでは、ビールの醸造を司る女神を「ニンカシ」と呼んだ。ニンカシを讃える歌に、次のような一節がある。 
「ニンカシよ、あなたは樽からビールを注ぐ、チグリス、ユーフラテスの流れのように」
これは樽のビールを別の容器へと移し替える様子を歌ったもので、そうすることで、ビール中の麦殻やゴミをろ過させ、品質の向上をはかったと考えられている。

*以下の物語はフィクションであり、登場する人物および団体は、すべて架空のものである。
居酒屋の女将が、麦殻やゴミを除去するため、、樽に入ったビールを別の容器へと移し替えている。骨は折れるが、このひと手間がビールの味を決める。そんな力仕事を、女将は男まさりの腕っぷしで、鼻歌まじりに悠々とこなしていく。
♪ニンカシよ~、あなたは樽からビールを注ぐ、チグリス、ユーフラテスの流れのように~♪
「はいよ」と女将は、やって来た男にビールを差し出す。ところが男は腰をおろすや、おとなしくうつむいたまま、ビールを飲もうとしない。
「お客さん、元気がないねえ」
客あしらいに慣れた女将は、いつものようにシュメール人に伝わる格言をあげた。
「ほら、昔から言うじゃないか。楽しいこと、それはビールを飲むこと。嫌なこと、それは遠征ってね」
「これから遠征に行くのさ」
女将は絶句した。遠征とは戦のことである。そういえば近頃、西方の遊牧民がたびたび侵入してきては、土地を荒らしていると聞く。男はその侵入者を撃退するため、遠征に駆り出されるのだ。 
「ニンカシがいつまでもあなたにビールを注いでくれますように……」
力ない惜別の言葉に自分でも驚いた女将は、慌てていつもの気丈さを取り戻し、目一杯に叫んだ。
「飲みな、お代はいらないよ!」