ビールの歴史
ビールづくりは科学の時代へ
―パスツール

1551年、ドイツのバイエルン州で公布された「ビール純粋令」の改訂文に、「大麦」「ホップ」「水」に加えて、新たに「酵母」をビールの主原料とする条令がある(*1)。しかしこの時点で、人々がどれだけ酵母のことを把握していたか、不確かな部分も多い。なぜなら、直径にしてわずか5〜10ミクロンの酵母を、肉眼で確認することなど不可能だったからである。
もちろん、当時の醸造家たちもシロウトではないから、発酵桶の表面に浮上した滓(実はこれが酵母である)を見て、「なにかあるな」とは感じていたことだろう。しかしその「なにか」がなんなのかを真剣に考える者がいなかった。そしてそのような場合、彼らは大抵、次のように理解して「これまで」とするのであった。

「あれは神の仕業である」
こうした状況を打開したのが、「近代細菌学の祖」とされる19世紀フランスの科学者、ルイ・パスツールである。1876年、彼は「酵母という微生物」が活動することで発酵が起こることを発見。つまり、麦汁の糖分を酵母が摂取して発酵し、アルコールと炭酸ガスを生み出すことで、ビールの基本形ができあがる。そうしたことが学問的な裏付けをもって、明確に認識されるようになったのである。

パスツールはまた、醸造家たちがもっとも恐れるビールの酸化も、バクテリアや雑菌の働きが原因であるとし、「低温殺菌法(パスチャライゼーション)」と呼ばれる繁殖防止システムを考案。出荷前のビールを60〜70度で20〜30分間加熱することで、酵母の活動を止め、ビールの品質保持に劇的な効果をあげたのであった(*2)。またこれにより、ビン詰めビールの長期保存も可能となった。
そのいっぽうで、パスツールの研究は、低温のままじっくり発酵させる「下面発酵」の優位性、そして、常温でおこなう「上面発酵」の脆弱性を、白日の下に晒すこととなった。パスツールの研究は、ビールの本流がエールからラガーへと移る時代の趨勢に、拍車をかけるものであったと言えるだろう。
(*1) 木元富夫『近代ドイツの特許と企業社活動ー鉄鋼・電機・ビール経営史研究ー』泉文堂P132〜133
(*2) キリンビール広報部 山本武司『うまいビールの科学』サイエンス・アイ新書P166