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ビールの歴史

ピルスナーの誕生

19世紀当時、オーストリア=ハンガリー二重帝国時代のピルゼン地方

 1842年、現在は中央ヨーロッパのチェコ共和国に位置するボヘミア地方のピルゼン市で、近代ビールの象徴である「ピルスナー・ビール」が産声を上げた。

 ボヘミア地方は、古くから世界最高級のホップの産地として知られ、ビールの醸造にも熱心な土地柄であった。また中欧全体の風土として、国境にこだわらない、地域同士の緊密な交流も根づいており、ピルゼンの醸造家たちが、同じ中欧に位置するドイツ南部、ミュンヘンのラガー・ビール(通称ミュンヘナー)に強い関心を抱くのも当然のことであった。

 「今、ミュンヘンが、熱いらしいね」
 「ラガーだろ、ヤバいよ、あれは」
 「キテるね、ラガー」
 「やっぱ、ラガーだよ、これからは」

 大体こんな感じで、ピルゼンの醸造家たちは、これまでの上面発酵に代えて、心機一転、ラガー・ビールへの転換を決議。合同で「市民醸造所」を発足し、本場ミュンヘンから醸造師を招聘。あまつさえ、門外不出の「ラガー酵母」を持参させたのだから、これは情熱とは異質の、なにか特別な「時代の熱」に突き動かされてのことであろう。

ーあるピルゼン市の醸造家による手記より(*1)ー

 1842年11月、ミュンヘナーの酵母を使った「下面発酵」の工程を経て、ついに我がピルゼンのラガーが完成した。ところが、樽から出てきたラガーの色が、ミュンヘナー風の黒ずんだ琥珀色とまったく違う。

 失敗か…。

 しかし、落ち着いてよく見ると、透き通った黄金色の輝きと、液中を上下する炭酸ガスの細かな気泡が、なんとも美しく、気分を軽やかにしてくれる。それに、このパワフルでキメの細かい純白の泡はどうだ。

▲ 淡く透き通ったピルスナー

 ……な、なんだ、この口当たりのよさは、なんというクリアな苦味……そして、おお、このキレのあるノドごしはどうだ!(*2)

「プハ〜っ!」

 こうして、まったく新しいラガーは、その色から「ゴールデン・ラガー」と呼ばれ、やがて「ピルスナー」の名でヨーロッパを席巻。瞬く間にエールをしのぐ人気を誇り、新しいビールの顔として、今日にいたるのであった。


(*1) 基本的に事実に基づいた内容であるが、手記そのものはフィクションである。
(*2) ミュンヘナーとピルスナーの違いの原因は、のちにピルゼンの清涼な軟水にあることが判明した。ミュンヘナーやエールなど、ヨーロッパのビールは硬水が多い。