 ビールの歴史
ビールの歴史
産業革命を機に
巨大なビール市場が誕生

アメリカが独立戦争によって合衆国となり、フランスが革命によって王権を打倒した18世紀後半。イギリスでは、安定した内政と広大な植民地を基盤に産業革命が始まり、今日にいたる資本主義社会の模範的なスタイルをいちはやく確立。19世紀半ばには「世界の工場」として覇権を握り、古代ローマ帝国と並び称される繁栄を誇ることとなった。
産業革命とは、単なる技術革新や工業化といった変化にとどまらず、人間の、社会の、そして世界のあり方すべてを、わずか1世紀あまりのうちに根底から覆した、人類史上まれにみる出来事であった。人口は農村から都市へと流れ、社会の担い手は、農民や職人から、機械や書類をあつかう労働者へと移り、濃密な共同体に守られた職住一致の暮らしは、独立した核家族が給与に応じて衣食をまかなう消費生活へと取って代わられたのである(*1)。それは例えば、次のような変化となって、人々の意識にも現れた。
ある「前近代的」な働き者がこう言った。
「今日はたっぷり残業したぞ。だから明日は午後出勤にしよう。それでとんとんだ」
しかし別の「近代的」な働き者はこう言ったのである。
「今日はたっぷり残業したぞ。さあ、明日も残業しよう。そうすれば残業手当で懐中時計が買える」(*2)
これが近代である。
ともかく、労働意欲のあくなき向上が、よりよい暮らしを実現する(かもしれない)。そんな人間と社会の新しいあり方が都市に活況をもたらし、尽きることのない需要は、当然ながらビールにも及んだのであった。

都市の労働者を中心としたビールの急激な需要拡大は、それまで小規模な経済活動にとどまっていたビール醸造業を否応なく自由競争へと駆り立て、瞬く間に一大産業へと押し上げた。工業化による大量生産と商業圏の拡大、技術革新による品質の向上と商品の多様化。それは今日にいたるビール文化のまぎれもない出発点であった。
(*1)J.M.ロバーツ『世界の歴史7 革命の時代』創元社P075
(*2)これを「反転労働供給曲線」と言う。(川北稔『イギリス近代史講義』講談社現代新書P87)








