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ビールの歴史

ビールづくりは女性に任せろ

シュメール人からアッカド人へと支配が変わった紀元前1700年代、メソポタミアの古代都市バビロンには「ビットシカリ」と呼ばれるビール醸造所兼ビアホールがいくつもあったという。そこでは「サビツム」と呼ばれる女杜氏がビールをつくり、「クバウ」と称する女将が男たちにビールを振舞っていた。このように古代メソポタミアでは、女性がビールづくりのすべてを取り仕切っていたのである。

*以下の物語はフィクションであり、登場する人物および団体は、すべて架空のものである。

「おい、もう一杯」
古バビロニア王国の傭兵シンは、退屈なパトロール勤務を終えると、町はずれのピットシカリでビールを飲むのが習慣となっていた。
「シンさん、もうそのぐらいにしたら」
クバウのイルナが答える。バビロン市内には至る所にピットシカリがあるが、シンはビールを飲むならイルナの店と決めている。彼女がつくる苦草の効いたビールは、死んだ母親のビールをシンに想い出させるのであった。

「そういえば」
とシンは思う。イルナには、どこか死んだ母親の面影がある。
「どうしました」
「なんでもねえ、勘定だ。今日もビールうまかったぜ」
シンはそう言って飲代の穀物を支払うと、自分でも意外なほど落ち着いて、イルナに聞いた。
「イルナ、今晩ヒマか」
イルナの瞳が、一瞬、輝いたのを、シンは見逃さなかった。