ビールの歴史
悪戦苦闘の品質検査

ビールの産業化が進むなかで避けて通れないのが、商品の品質をいかに保持するかという問題である。とりわけ南部のバイエルン地方は、温暖な気候のため安定したビールづくりが難しく、長いあいだ北部のハンザ都市の後塵を拝していた。くわえて修道院ビールが司教領主の特権を行使して上質な原料を独占。なす術もない市民醸造業者の一部は、麦汁の残り滓から薄いビールをつくったり(*1)、有害なハーブを添加するなど(*2)、都市には粗悪なビールが横行した。
バイエルンの州都ミュンヘンでは、14世紀半ばからビール監視官を市の有力者から選抜。厳格な官能テスト(つまりは「利き酒」である)をおこなうなど、粗悪なビールの取り締まりに努めた。しかし、なかにはビールで濡らしたベンチに座り、ズボンに付着するか否かで判断するという奇妙なものまであった。
監視官「よし2時間だ。椅子から立ち上がるぞ」
居酒屋「へい」
監視官「どっこいしょと……御用だ!」
居酒屋「えっ!?」
監視官「立ち上がったそれがしのズボンに、椅子が付着しておらんではないか。ということはビールに粘りが足りない証拠。さては大将、麦芽の使用量をケチったな」
居酒屋「そんなムチャクチャな」
同様の検査は、イギリスでもエール・コナーと呼ばれる検査員によっておこなわれたが、イギリスではズボンにベンチが付着しないと合格。付着すると発酵不十分で糖が残っているという判断から失格になったという。いずれにしろ科学的な根拠に乏しい、苦し紛れの検査であった感は否めず、その成果もまた推して知るべしであろう(*3)。
こうした紆余曲折が続くなか、ミュンヘンでは15世紀後半から醸造業者に対する原料の規制がおこなわれるようになる。その集大成として全バイエルンに公布されたのが、ビール史における画期的な条令である「ビール純粋令」なのであった。
(*1)木元富夫『近代ドイツの特許と企業社活動ー鉄鋼・電機・ビール経営史研究ー』泉文堂P129
(*2)大草昭『ビール・地ビール・発泡酒』文芸社P184
(*3)山本武司(キリンビール広報部)『うまいビールの科学』ソフトバンク・クリエイティブP155