ビールの歴史
ビールの進化は中世から始まった

栄華を極めた古代ローマ帝国も3世紀に入ると衰退の兆しをみせ、4世紀を迎える頃には、領土を東西に分割するなど迷走を繰り返していた。そんななか北方からゲルマン民族が大移動を始め、やがて帝国内に侵入。すでに無力化していた西ローマ帝国は476年に消滅する。
「これからは、俺たちの時代だな」
血気盛んなゲルマン人たちはこう思ったに違いない。しかし中には冷静な者もいて、ローマ人が建てた神殿や水道橋を見上げながら、こう思ったりもしただろう。
「こんな技術、俺たちにはないな」
ゲルマン人が歴史の表舞台に立った中世ヨーロッパ世界。しかし大移動の混乱は数世紀におよび、ローマ人が遺した高度な都市インフラは荒廃。人々は自給自足に近い素朴な農村生活を余儀なくされた。そんな時代の精神的な基盤となったのがキリスト教である。
長い迫害の時代を経て4世紀にローマの国教となったキリスト教は、その後も草の根レベルで広がり、改宗したゲルマン系のフランク王国が5世紀末に部族を統合。800年にはローマ教皇によりカール大帝が皇帝に戴冠し、キリスト教とゲルマン人が結びついた西ヨ―ロッパ世界が確立される。これにより教会施設が各地に建てられ、修道院では世俗との交わりを断った修道士たちが、祈りと労働の共住生活をおくっていた。そんな彼らの重要な営み、それがビールの醸造であった。
「しかしビールは苦い、あまりに苦い」
沈黙を旨とする修道士が、こんなつぶやきをしたかどうか定かではない。しかし地中海世界からはるか北方のゲルマン社会へと伝道に訪れ、彼の地で修道士としての生涯を終えた者もいたのである。彼らが慣れないビールに戸惑いをおぼえたとしても不思議ではあるまい。さらには、そんな彼のつぶやきに「いいね!」と共鳴したブラザーも、ひとりやふたりではなかったであろう。そして教養豊かな彼らが、遅かれ早かれ、こんなやりとりを交わしたであろうことは、容易に想像がつくのである。
「薬草の配合をイチから調べ直してみようか」
「いいね!」
ことの次第はともかく、ビールは中世ヨーロッパ世界において、ついに進化と発展の道を歩み始める。それは紛れもない事実であり、歴史が証明するところである。