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ビールの歴史

日本で最初のビールは、
家庭百科辞書を参考に醸造された

19世紀初頭、長崎・出島のオランダ商館長ドゥーフは本国からの物資の供給が途絶えたため、自らビールの醸造に着手した。そのとき参考にしたのは、なんと家庭百科辞書。ホップが入手できなかったため長期保存をすることはできなかったが、苦心の末、彼は日本初醸造のビールを生み出したのだった。

オランダでは当時、一般的な家庭でも自宅でビール醸造が行われていた。ドゥーフが参考にした辞書のうちの1冊、ショメールの『家政百科』は、フランスで発行された実用百科事典で、その和訳本『厚生新編』には、ビールの醸造法がこのように記されている。

粗末なる「モウト」を「べスラグ・コイプ」(第一条にいふ水と「モウト」とを交ぜ合するの桶なり)に入る。(中略)其内に銅罐にて煮たる熱湯を注ぎ入るべし。尤其湯は其傍にて煮て遠く離れたる所にてなすべからず。これは熱湯の程よき度を得せしむるが故なり。 然れども煮沸に過ぎることなかれ、若し熱に過れば「モウト」の熱すること甚しきに至ればなり。(ショメール編『家政百科』の日本語訳『厚生新編』の「麦酒」の項目より)

ドゥーフ著『日本回想録』永積洋子
訳 雄松堂出版刊
復元された出島(料理部屋)

この記述に従い、ドゥーフはビール醸造に取り組んだと考えられる。

そして、ドゥーフはオランダ帰国後に著した『日本回想録』の中で自ら行ったビール醸造について下記のように振り返っている。

ショメールとバイスの家庭百科辞書により、私は白っぽいハールレムの白ビール、モルの味のする液体を得るところまで行ったが、これを十分発酵させることはできなかったので、三、四日しか保たなかった。私は又、苦みを加えるホップを持たなかったので、これをこれ以上長く保存できなかった。(ドゥーフ著『日本回想録』永積洋子訳より)

苦心の末、ついに手にした淡い白色の液体。ドゥーフが醸造してできたものは、見た目も味も“ビール”だったが、ホップという植物(雑菌の繁殖をおさえる働きもある)を入手できなかったため、長期保存は難しい。しかし、それはまぎれもなく日本で初めてビールが醸造された瞬間であった。