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ビールの歴史

これがゲルマン流の「おもてなし」

古代ヨーロッパの歴史において、ゲルマン人はもっぱら「ローマの外敵」という存在で語られてきた。そのため、ゲルマン人を、常にローマを脅かす野蛮な民族であると思いがちだが、タキトゥスの『ゲルマニア』は、それが誤りであることを教えてくれる。

「ゲルマン人ほど酒宴と歓待に献身する民族はない。いかなる人物であれ、我が戸口から立ち去らせることは不名誉とみなされ、家の主人はできるかぎりの努力で、最上のごちそうを出して客をもてなす~(中略)~客を歓待するという点では、未知の人と知己の人のあいだに差別はない」(タキトゥス「ゲルマニア」第21章)

*以下の物語はフィクションであり、登場する人物および団体は、すべて架空のものである。

ゲルマン人のとある集落に、ひとりの行商人がやって来た。
「怪しい者ではありません。私はカルタゴの商人です」
ところが出迎えた大男の返事は、どこか要領を得ない。
「先に飯か、それとも風呂か?」
行商人は戸惑いながらも、文明人らしく商談を切り出した。
「本日は馬の脂からとった軟膏を持って参りました」
「とりあえずビールか?」
「なんの話でしょう」
「おい女たち、ビールの用意だ。それから若い衆、〈剣の舞〉を踊れ」
「この軟膏を塗りますと……」
「泊まりか?」
そして大男は、行商に向かって手を合わせ、こう囁いたのである。
「おもてなし」
行商人がその後、三日三晩に渡ってゲルマン人の「おもてなし」を受けたことは言うまでもない。このように彼らのもとには、離散した兵士や国境を越えてやってきた行商人、旅人などが時折あらわれた。ゲルマン人は、そんな彼らを手厚くもてなしたばかりでなく、場合によっては、彼らを守るために、みずから戦うこともあったという。ことほど左様に、客人に尽くすゲルマン人であるが、彼らが行商人の馬の脂からとった軟膏を購入したかどうかは保証の限りではない。