ビールと器
芸術的才能と職人技が融合した、
ローゼンタールの「魔笛」シリーズ
ドイツを代表する高級陶磁メーカーであり、かつ進取の精神に富んだローゼンタール。デザインに関しても、建築家や彫刻家といった異なる分野の才能を積極的に登用し、他の窯元ではみられないユニークな共同作業をおこなってきました。「魔笛」シリーズはそのローゼンタールが生み出した名品中の名品といえるでしょう。
1400度の高温で焼成した純白のボディに、金彩がやわらかな輝きをみせる「魔笛」。手がけたのはデンマーク出身のビョルン・ヴィンブラッド(1918~2006)という、陶磁器をはじめ、家具やオブジェ、テキスタイルなど、あらゆるジャンルで独自の才能を発揮したアーティスト&デザイナーです。
独創的な磁器づくりには、職人たちの存在も欠かせません。「キリン ビヤマグ コレクション」がオーダーした「魔笛」シリーズのビヤマグは、ほとんどすべての工程が、その道のプロによる熟練の手作業でおこなわれています。ボトル部分や把手の金彩は、専門のベテラン塗師が、ひと筆ずつ丹念に塗りあげ焼き付けました。
そして立体的な装飾をほどこした純白のボディ。モールド(鋳型)づくりがすべてを決めるといっても過言ではなく、その完成度によって焼き上がりの表情は大きく変わります。ヴィンブラッドのイメージする微妙な浮き彫りを完璧な形にできるのは、選び抜かれた陶工のみ。職人と作家の揺るぎない信頼関係がローゼンタールの独創的な磁器づくりを可能にしているのです。

「魔笛」シリーズのモチーフとなっているのが、音楽史上最大の天才ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756~1791)の作曲による同名オペラです。ヴィンブラッドは、新しくビヤマグをデザインするにあたって、とっておきの場面を採用しました。それは物語のフィナーレを飾る、鳥刺し男パパゲーノと恋人パパゲーナのデュエット。「パパパの二重唱」としてあまりに有名な軽妙な歌のかけあいによって、ふたりが結ばれる場面です。純白のボディに描かれた浮き彫りの男女は素朴なやさしさに満ちており、今にも軽やかな歌声が聴こえてきそうですね。


意志薄弱だけれども茶目っ気に満ちたパパゲーノのキャラクターは、物語の道化的な役割ながら作品の中核をなす存在。モーツァルトもまた、パパゲーノの人間臭さに自己を投影し、恋人パパゲーナとのハッピーエンドに切実な願いを込めて作曲しています。モーツァルト・フリークとして知られるヴィンブラッドは、ビヤマグに幸福なパパゲーノを描きながら、そこにモーツァルトの姿を重ね合わせていたのではないでしょうか。それはまた、生前決して幸福だったとはいえないモーツァルトに捧げる、ヴィンブラッドなりの供養だったのかもしれません。なにしろモーツァルトは、大のビール好きで知られていたのですから。