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キリングループの歴史

  • 文明開花華やかなる明治の頃、ビールは「新時代の飲み物」でした。1888年の「キリンビール」の発売以来、時代がめまぐるしく変化する中でも常にお客さまの暮らしに寄り添い、あたらしい飲みものをお届けしてきました。このページでは、キリンビールを中心としたグループの歩みをご紹介します。
  • ジャパン・ブルワリー重役会議事録

高度成長期にビール人気沸騰、シェア60%に到達

導入時のP箱

導入時のP箱

自動販売サービスの自販機向け製品「キリンレモンクレール」

自動販売サービスの自販機向け製品「キリンレモンクレール」

キリン・シーグラムの国産第1号ウイスキー「ロバートブラウン」

キリン・シーグラムの国産第1号ウイスキー「ロバートブラウン」

1950年代半ばに日本が高度経済成長期に突入すると、ビール需要は1956(昭和31)年から1964(昭和39)年にかけて年平均成長率20.6%という驚異的な伸びを示しました。この間ビール業界では新たに2社が参入するなど競争が激しさを増していきました。そうした中、当社は1〜2年ごとに工場を新増設して生産能力を増強していきました。販売面では手形決済方式を徹底するなど取引正常化に努めました。また物流面でも自社びん・自社箱制復活を機にプラスチック製通い箱(P箱)を導入し、さらに同じパレットに載せたまま製品を輸送する一貫パレチゼーションや出荷事務の機械化にも取り組み、輸送力の向上と輸送コストの削減を実現したのです。

1960年代半ばになると、ビール生産量の伸びは年率7%程度と緩やかになりましたが、当社は引き続き積極的な設備投資を行って生産能力を拡充していきました。原材料についても良質の麦芽やホップの確保に努めました。品質本位を貫いた「キリンビール」はお客様からの高い支持を受け、1972(昭和47)年には12工場体制となり、シェア60%に達しました。

その一方で1963(昭和38)年に自動販売サービス株式会社(現・キリンビバレッジ株式会社)を設立し、清涼飲料事業の充実を図りました。また1972(昭和47)年にキリン・シーグラム株式会社(現・キリンディスティラリー株式会社)を設立して洋酒事業にも参入しました。
導入時のP箱

導入時のP箱

自動販売サービスの自販機向け製品「キリンレモンクレール」

自動販売サービスの自販機向け製品「キリンレモンクレール」

キリン・シーグラムの国産第1号ウイスキー「ロバートブラウン」

キリン・シーグラムの国産第1号ウイスキー「ロバートブラウン」

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