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歴史人物伝 歴史人物伝

ビールを愛した近代日本の人々

鎖国日本にビールを紹介した江戸蘭学界の重鎮・大槻玄沢
(おおつき げんたく)1757-1827/岩手県〈一関藩〉出身

書物に登場した「びいる」の文字

「びいる」とて麦にて造りたる酒あり。食後に用る者にて、飲食の消化をたすくるものといふ。

(大槻玄沢著『蘭説弁惑(らんせつべんわく)』)


鎖国中の日本にビールを紹介した大槻玄沢

大槻玄沢(早稲田大学図書館 蔵)


これは、蘭学者・大槻玄沢が1788(天明8)年に著した『蘭説弁惑』という書物の一節。1836(天保7)年には蘭学者の高野長英が自著『救荒二物考(きゅうこうにぶつこう)』の中でビールの醸造法を掲載し、同じく蘭学者の川本幸民が1853(嘉永6)年頃にビール醸造を行ったと伝えられるなど、幕末になると蘭学者の間ではビールは知られた存在になっていく。しかし、玄沢が『蘭説弁惑』を書いたのは、長英が『救荒二物考』を著す半世紀近くも前、まだ鎖国体制が堅固に守られていた時代のことである。

『蘭説弁惑』には、ビールのほか「硝子諸器」「葡萄酒」「写真鏡」など、西洋の文物が挿絵付きで解説されている。玄沢はその生涯をかけて、多くの日本人にとって未知なる学問であった蘭学の追究と、自身が得た西洋の文化・文物の伝播に従事したのであった。

蘭学の道を拓いた先駆者たちとの出会い

大槻玄沢は、陸奥国一関藩(現・岩手県一関市)の医者の家系に生まれ、父も藩医であったことから自然と医者を志した。のちに江戸へ出るが、そのきっかけをつくった人物が一関藩医・建部清庵(たけべせいあん)である。玄沢が13歳の時から師事した清庵は、一関では知らない者がいないほどの名医だった。

清庵は常々、日本で行われているオランダ医学のあいまいさに疑問を抱いていた。当時は蘭学に対する幕府の規制が厳しく、医学書の多くも発禁になっていたため、治療の詳細もはっきりと分からなかったのだ。そこで、清庵は悩みを手紙にしたため、弟子を遣わして江戸の学者に届けることにした。その手紙を受け取ったのが『解体新書』の訳者である杉田玄白だった。

玄白もまた、蘭医学者として清庵と同じようなことを考えており、遠く離れた手紙の差出人に対して「一面識もないが、吾党の知己」と敬意を表し返事を出した。こうして始まった親交が縁で、清庵の門下生だった玄沢は、江戸の玄白に師事することとなる。

玄沢は江戸に出ると医学のみならず、オランダから入ってくるあらゆる学問を追究した。杉田玄白とともに『解体新書』を訳した前野良沢にオランダ語を習い、長崎への遊学を果たし、またオランダ商館員が江戸に滞在しているときは、その宿泊所を頻繁に訪れたという。

玄沢がこれほどまでに蘭学の勉強に打ち込んだ理由の一つには、清庵と玄白という二人の師匠の、蘭学に対する真摯な姿勢に感化されたことが大きかった。清庵と玄白は22年間にもわたって文通を続けたが、玄沢はのちにこの往復書簡を『和蘭医事問答』としてまとめ、自分の門下生に読ませたという。蘭学に取り組む二人の高い志を、自分の弟子たちにも継いでもらいたいと考えたからだ。
阿蘭陀正月の様子を描いた「芝蘭堂新元会図」

阿蘭陀正月の様子を描いた「芝蘭堂新元会図」(早稲田大学図書館 蔵)

蘭学界へ残した偉大な功績

蘭学修行が認められ江戸詰の仙台藩医となった玄沢は、蘭書の翻訳や西洋学問・西洋文化の手引書の執筆に邁進するようになる。主な業績としては、オランダ語を解説した『蘭学階梯(らんがくかいてい)』の著作や、ショメールの『家政百科』を翻訳し『厚生新編』を刊行したことなどが挙げられる。前述の『蘭説弁惑』も、そうした著述の一つである。

この『蘭説弁惑』を著してから6年後の1794(寛政6)年閏11月11日、玄沢は現在の東京・京橋に開いた私塾・芝蘭堂(しらんどう)に蘭学者らを集め、「新元会」と称した西洋風のパーティーを開いた。これは太陽暦の正月を祝うもので、長崎・出島に駐留していたオランダ商館員たちの正月祝いの行事をまねたものだった。この時の会の模様は玄沢の門人によって描かれ、「芝蘭堂新元会図」と呼ばれている。そののちもこの祝賀会は「阿蘭陀(おらんだ)正月」として蘭学者の間で例年の風習となった。絵にはフォークやスプーンなどとともに、アルコールびんやアルコールグラスなども描かれているので、ビールが飲まれていた可能性もあるのではないだろうか。

芝蘭堂における阿蘭陀正月のイベントは、玄沢の死後も続けられた。ビールを酌み交わしたかもしれないこの宴会では、蘭学者の一大サロンとして多くの交流がはかられ、その後の蘭学界の発展に大きく寄与したのであった。

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