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歴史人物伝 歴史人物伝

ビールを愛した近代日本の人々

日本でのビール普及を予言した初代駐日イギリス公使・オールコック
(Rutherford Alcock)1809-1897/イギリス出身

激動の渦に飛び込んだイギリス公使

オールコック

オールコック(横浜開港資料館 蔵)


イギリスの外交官であるオールコックが日本駐在総領事(のちに公使に昇格)に任命されたのは、1858(安政5)年のことである。この年、朝廷の許しを得ぬままに日米修好通商条約が結ばれたり、大老・井伊直弼による知識人への大弾圧事件「安政の大獄」が起こったりしている。オールコックは、こうした激動の渦中に飛び込むこととなったのだ。

翌年に江戸湾品川沖から上陸したオールコック一行は、いくつかの候補地から、高輪(品川)の東禅寺を居住場所に決めた。交通の要衝である東海道や品川沖に近いことがこの地を選んだ主な理由だが、オールコックは東禅寺へと続く針葉樹の並木道や静寂な境内にも惹かれたようだ。日本着任から休暇で一時帰国するまでの3年間を綴った『大君の都』の中で、居所を定めた時の心境を次のように記している。

これ以上美しい隠れ家は選びようがなかったろうということは、告白しなければならない。あらゆる点でこんなにも完璧な住まいを手に入れてしまうと、私の運命に何かひどい不幸がふりかかるのではないかと、疑ってみたほどだ。 (オールコック著『大君の都』/山口光朔訳)

しかし、彼のこの直感は、不幸にも当たってしまう。日本在任中、幕府による開市開港の延期提議や、薩摩藩士がイギリス人を殺害した「生麦事件」といった難事が続発したのだ。着任当時には協力関係にあったアメリカ公使のハリスとも、幕府への対応をめぐり次第に確執を深めていった。
さらに、最大の「不幸」とも呼べる事件が勃発する。1861(文久元)年、14人の水戸藩士が東禅寺のイギリス公使館を襲撃したのだ。狙われたのはオールコックの首。寝室に隠れたオールコックは幸いにも難を逃れたが、この事件によって精神的に追い込まれていったのは確かだった。
江戸時代の品川宿を描いた錦絵

江戸時代の品川宿を描いた錦絵 (歌川広重画「江戸名所之内 品川の駅海上」/国立国会図書館 蔵)

エールを愛した日本人通詞との交流

苦難に充ちた日々を送るイギリス公使を支えた一人の日本人がいる。外国奉行付の幕吏、森山多吉郎だ。当時江戸で英語を解した数少ない日本人であり、ペリー来航の際にも交渉役を務めた人物である。

森山との交流は、オールコックが初めて江戸を訪れた折り、森山が案内役となったことに始まる。1860(万延元)年、「大君」である将軍家茂にオールコックが謁見した記念すべき日には、2名の奉行と森山を夕食に招待した。その晩餐では、シャンパンや貯蔵された羊肉、グリーンピースなどとともに、「日本産のおそろしくかたい牛肉」も供されたという。
オールコックはまた、森山について次のようなエピソードも書き残している。

森山は、とくにエール(※1)とコーヒーの愛好者である──コーヒーは公使館へくるすべての者のあいだで一般によく飲用された。実際に、日本人をしてあまねくわれわれヨーロッパ人のぜいたく品の多くの消費者たらしめるには、機会が必要なだけだと思う──
※1:イギリスのビール

(オールコック著『大君の都』/山口光朔訳)


オールコックは日々の疲れを癒すために、森山ら通詞たちとしばしばグラスを傾けたのだろう。そうした交流の中で、日本人がビールやコーヒーなど西洋文化を受容することに抵抗がなく、むしろ機会さえあれば積極的に導入すると見て取っていた。『大君の都』には、日本古来の簡素な文化習慣が「ぜいたく品」をはじめとした西洋文化に取って代わられる時代がくるだろうとも記されている。オールコックは、維新後の「文明開化」を予言し、見事にいい当てたわけだ。

日本の風土を愛で、庶民の生活に触れた日々

日本駐在の後期にオールコックが関わった歴史上の事件に、1864(元治元)年の下関砲撃がある。当時、攘夷を標榜していた長州藩は、外国船の通航を阻止するために下関海峡を封鎖した。オールコックは、攘夷が不可能であることを日本人に悟らせようと、イギリス・アメリカ・フランス・オランダからなる四国連合艦隊の下関砲撃を主導したのだ。

しかし、本国の外相ラッセルはこの攻撃を支持せず、オールコックはイギリスに召還される。ここに、6年間におよぶ総領事・公使としての日々が幕を閉じた。

オールコックは、日本の風土・景観をこよなく愛した人物として知られている。日英外交の一方の旗頭として心身をすり減らすような日々を過ごしながらも、江戸の町や横浜の農村を散策しては、庶民の暮らしぶりをつぶさに観察した。富士山に登頂した初めての外国人でもある。 オールコックは帰国に際し、イギリスまでの同行者として森山を指名した。森山への深い信頼をうかがい知ることができる。船上では、森山の好きなビールを酌み交わしながら、日本での思い出話に花を咲かせたのだろうか。

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