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テーマ別解説

ビール広告の歴史

(7)戦後のSP広告
戦後はライフスタイルの変化に伴って、屋外広告、景品、交通機関を使った交通広告など、多様な広告が展開された。

1950(昭和25)年、東京・銀座にビールのコップから泡がこぼれる様子を表したビアホールの巨大ネオンサインが出現した。その高さは7m以上あり、当時日本で最大のネオンサインであった。

ビールのネオンサインでは、1971(昭和46)年に大阪・道頓堀のかに道楽本店の上に設置したものも有名である。

野球をはじめ、戦後はスポーツ観戦が盛んになったことから、スポーツが行われる場所に広告看板が増えた。その傾向はテレビ放送開始後より顕著になった。今までは会場の人しか目にしなかった看板を、試合中継やニュースで全国の人が目にするようになったためである。同じように、陸上競技場、ゴルフ場、体育館、スケート場なども大きな試合が行われるときは広告の場として利用されるようになった。

戦後はビール工場やビール会社の社屋も広告媒体として積極的に利用されるようになった。明治時代からビール会社の庭園をビアガーデンに利用する例はあったが、戦後は工場の中の鉄道や高速道路から見える場所にネオン看板を出したり、工場でイベントを開催するなど、さまざまな試みが行われている。例えば1969(昭和44)年、麒麟麦酒の横浜工場ではSL「クラウス17号」を引込み線で走らせ、多くの鉄道ファンが工場に訪れた。

自動車を利用した広告としては、1986(昭和61)年、大型トラックを改造し、荷台に缶ビール型のステージを設置した「キリン缶ビール型オリジナル・ステージカー」が登場した。当時の宣伝カーは音で宣伝するものが中心だったため、形で見せる宣伝カーは新聞にも取り上げられた。

電車の中吊りなどの交通広告は第二次世界大戦前から既に存在していたが、戦後は郊外から都心に通勤する層の増加に伴い、電車を利用する人や電車の路線が増えたことなどから、交通広告を利用する企業の種類や数が増えていった。ビール会社も中吊りを新商品の紹介や景品の案内などに活用している。

近年は液晶モニターを利用した電車内の広告もあり、ビール会社もCMを流している。また、サッポロビールと縁の深い山手線の恵比寿駅では、2005(平成17)年から、電車が発車する際に「ヱビスビール」のCMに用いられる映画『第三の男』のメロディーが流れている。同じくキリンビールと縁の深い京浜急行線では、2009(平成21)年から工場のある横浜市の生麦駅で「キリン 一番搾り」のCM曲が発車メロディーとして流れている。

また、戦後は多くの家庭でビール会社の景品が見られるようになった。特によくあるのはコップである。商品を1ケース購入するとコップが1個付いてくるキャンペーン等で、家庭のケース買いを促した。景品の内容も変わり、バブル期前後はロゴマークの入ったTシャツやスタジアムジャンパーなど衣類の景品も人気があった。近年は高級食材、旅行、モバイル電化製品などから、ストラップ型マスコットのような小物まであり、景品の金額も種類も非常に幅が広くなっている。
麒麟麦酒横浜工場に運ばれる「クラウス17号」

麒麟麦酒横浜工場に運ばれる「クラウス17号」


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