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酒・飲料の歴史 日本のビールの歴史 酒・飲料の歴史 日本のビールの歴史

テーマ別解説

ビール広告の歴史

(6)戦後のポスターとCM
戦時体制に入るとビールは配給品となり、広告も廃止された。しかし、戦後自由販売が再開されると、すぐにビールの広告も復活し、時代の雰囲気にすばやく反応した。

「キリンビール」の戦後の大型ポスター第1号は1951(昭和26)年で、絵の題材であるビールびんが置かれているガラステーブルは、当時の流行だった。

「キリンビール」のポスターでは、1955(昭和30)年に写真を使用したものが登場し、以降、ポスターは絵よりも写真が主流となる。絵から写真になったことで、人気俳優やタレントがポスターに登場する傾向が強まった。早くから女優を積極的に起用していたのは「アサヒビール」で、大映の看板女優であった山本富士子、京マチ子らのポスターは大人気を博した。

昭和20年代まではスターは映画から生まれたが、1953(昭和28)年、テレビの民間放送がスタートすると、スターの多くはテレビから生まれるようになる。民間放送開始当初はテレビを所持する家庭は少なかったが、街頭テレビで多くの人々が放送を視聴したため、広告でもテレビCMの影響力が大きくなった。またテレビによって映画に出演しない歌手、スポーツ選手、文化人なども世間に顔が知られるようになり、CMに起用される人材も幅広くなった。やがてテレビCMは、ポスター、雑誌広告、新聞広告と連動するようになる。連動型広告の中心に位置付けられたのはテレビCMである。CMの1シーンの写真が紙媒体に使われ、CMで語られるフレーズの一部が紙媒体のメインコピーとなった。

テレビ、雑誌、新聞、ポスターなどで重層的に宣伝コピーを見聞きすることで記憶しやすくなり、テレビがほとんどの家庭に普及した昭和40年代以降、ビールの広告からいくつもの流行語が生まれた。その代表が1970(昭和45)年の三船敏郎を起用したCMのコピー「男は黙ってサッポロビール」と、同年の仲谷昇・岸田今日子夫妻を起用した「キリンビール」CMのコピー「どういうわけかキリンです」で、実際の夫婦がビールの広告に登場するのはこれが初めてであった。また、昭和50年代以降は20代の若者を意識したCMが増えた。

朝日麦酒とサッポロビールは1987(昭和62)年からキャンペーンガールを起用し、彼女たちが水着や着物姿でジョッキを手にするポスターを海の家や居酒屋などに飾るようになった。キリンビールも1990(平成2)年から2003(平成15)年までキャンペーンガールを起用した。

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