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酒・飲料の歴史 日本のビールの歴史 酒・飲料の歴史 日本のビールの歴史

テーマ別解説

ビールを飲む器とビールの容器

(3)ビールびんの製造開始
開国後、日本には樽ビールとびんビールが輸入されていた。やがて、ビールは国内で醸造されるようになったが、当時、日本にはビールびんを製造する会社がなかった。そのためビール醸造所は輸入ビールの空きびん、陶器のびん、日本酒用の徳利などに自社製品を詰めて出荷した。輸入ビールの空きびんは常に不足しており、横浜・山手のスプリングバレー・ブルワリーでは、上海などから空きびんを取り寄せることもあった。特に地方の醸造所は、びんを集めるのに苦労した。

ビールの国内生産量が増加した1890(明治23)年頃は、びんの価格が高騰した。前年末には2銭だった空きびんが4銭に値上がりしたという。 1889(明治22)年に、品川硝子会社で手吹きのビールびんの製造が始まり、同社のびんはキリン、恵比寿、浅田などのビールで使われた。1893(明治26)年になると、田中硝子によってビールびんの本格的量産化が可能になった。以後も技術が進み、1906(明治39)年にはデッセル式による機械製びんが始まり、1916(大正5)年には全自動製びん機によるびんの大量生産が実現した。

ビールびんの大量生産の一方で、ユニークなびんも現れた。麒麟麦酒が1906(明治39)年に発売した「ピルスナービール」のびんは、背が高くてびん首が長い形をしていた。また、昭和初期には各社から約2L入りの特大びんが次々に発売された。
「キリンピルスナービール」

「キリンピルスナービール」

2L入りの特大びん

2L入りの特大びん


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