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酒・飲料の歴史 日本のビールの歴史 酒・飲料の歴史 日本のビールの歴史

テーマ別解説

ビールが家庭に

(1)高度経済成長で急伸した家庭消費
『経済白書』に書かれた「もはや戦後ではない」という言葉が流行語になった1956(昭和31)年、日本は神武景気に沸いていた。この頃から家庭でビールを飲む人が増えたようだ。ビールは焼酎や合成酒などに比べると割高であったが、日本人全体の所得の伸びによって家庭でビールを飲む層が拡大した。

ビールが戦後、家庭にまで浸透した要因の一つが、第二次世界大戦中に多くの人々がビールの味を知ったことである。昭和初期までは、ビールはほとんど、ビアホール、カフェーといった飲食店で消費されており、家庭でビールを飲むのは一部の人々に過ぎなかった。また、鉄道が発達し、地方にビールが運ばれるようになったとはいえ、戦前にはビールを飲んだことがない人々も多かった。第二次世界大戦中の配給制度では、ほかの生活必需品とともにビールが家庭に対して配給されたため、それまでビールを購入したことがない家庭にも行き渡ったのである。また軍隊では、「酒保」で日本酒やビールなどが売られていた。戦地でビールの味を覚えた兵隊も多かったことであろう。

高度経済成長期を迎えた1957(昭和32)年5月23日付『朝日新聞』東京版朝刊は家庭消費が始まりつつあったビール業界の活況を、一般の経済面ではなく「家庭経済」のコーナーで伝えている。「晩酌にビールの一本もと奥さんが心意気をみせようとなると、家計簿もヤリクリもそれ相応の苦心がいる」と始まる記事は、節約してもビールを飲むだけで高い税金を払うことになると注意を促す。この記事からも高度経済成長期の到来と同時に、晩酌でビールを飲む家庭が増えたことがうかがえる。

この時代のビール消費の伸びは、キリンビールが調査した国民一人当たりの年間ビール消費本数で比較してみるとよく分かる。戦後の自由販売が復活した1951(昭和26)年は3.8本(単位は大びん、以下同じ)に過ぎなかったが、1955(昭和30)年になると7.1本、1960(昭和35)年には約2倍の14.8本、そして1965(昭和40)年ではさらに2倍の30.9本となる。ほかの酒類も消費量を増やしたが、ここまで極端に伸びたのはビールだけである。これを支えていたのが家庭消費の伸びであった。

1960(昭和35)年実施の主税局調査をまとめた『酒類とたばこ等の消費実態調査報告』には「農家世帯では、家庭消費が51.4%となっていて、最近におけるビールの消費が農家の家庭にも浸透して来たことを表わしており、特に職場・公民館での消費が22.4%と高い割合を示していることは注目すべきであろう」とあり、特に農村地域での家庭消費の高さが目立っていたことが分かる。都市部では家庭消費は47.4%で、家庭外での消費が上回っていたが、都市でもビールで晩酌する人が増えたことは間違いない。
佐倉の酒保での写真

佐倉の酒保での写真(『佐倉歩兵第五十七連隊短期現役兵在営記念写真帖』/佐倉市教育委員会 蔵)


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