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酒・飲料の歴史 日本のビールの歴史 酒・飲料の歴史 日本のビールの歴史

テーマ別解説

レジャーとビール

(6)野球とビール
1950年代、ビールは後楽園以外の球場でも売上げを伸ばす。広島市民球場のように最初は酒類の販売が許可されていなかった球場でもビール販売が始まった。また、1950年代にはスタンドで販売員が練り歩く形式でのビール販売も全国的に広まる。甲子園球場では1948(昭和23)年から場内でサイダーなどを振り売りしていたという。

1950年代の球場では売店で生ビールを買うか、売店や販売員からびんビールを買い、紙コップで飲んでいた。しかし、1958(昭和33)年に缶ビールが発売されると、後楽園球場でも早速缶ビールの販売が始まった。1960(昭和35)年7月27日号の『週刊ベースボール』には、それまで球場乱闘の時、投げ込まれるのはビールやジュースの空きびんだったが、びんに混じってビールの空き缶が投げ込まれるようになったという記事が掲載された。

現在のように販売員が生ビールの樽をもって歩くのが一般的になったのは、平成に入ってからのことである。現在では、安全やゴミ回収などの問題から、びん・缶の持ち込みを禁止する球場もある。

優勝時の「ビールかけ」は1959(昭和34)年に日本一に輝いた南海ホークスに始まった。同チームのカールトン半田選手が、祝勝会で乾杯のビールを杉浦忠投手の頭にかけたのが発端と言われている。アメリカの大リーグでは、優勝チームは「ビールかけ」ではなく、「シャンパンファイト」を行うのが一般的であるが、半田選手は喜びのあまりシャンパンファイトのまねをしたくなったのだという。
びんと紙コップで販売していた頃の広島球場のビール販売

びんと紙コップで販売していた頃の広島球場のビール販売

1959年の南海ホークス優勝時に初めてのビールかけが行われた

1959年の南海ホークス優勝時に初めてのビールかけが行われた(スポーツニッポン新聞社提供)


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