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酒・飲料の歴史 日本のビールの歴史 酒・飲料の歴史 日本のビールの歴史

日本のビールの歴史年表

明治元年〜明治18年(1868〜1885)

解説
  • 1868年(明治元年)
  • 明治と改元。一世一元の制を定める。[9月]
  • 横浜で牛鍋屋「太田なわのれん」開業。
  • 1871年(明治4年)
  • 岩倉具視率いる岩倉遣外使節団、欧米へ出発。[11月]
  • 横浜のカルノー商会がビール、ウイスキーを輸入。ブランデーやラム酒も輸入される。
  • 京都舎密局製造のリモナーゼ、ラムネ、ビール、氷砂糖が市販される。
  • 西洋料理店「南海亭」(東京・九段)の引札(チラシ)に「ビイル(麦酒)大1本に付 金3朱と銭300文(約26銭)」。ビールの価格としては最古の記録か
  • バス社のペール・エールは人気があったため偽造品が出まわり、東京府は府令を出して偽造者に警告した。
  • この年刊行された『安愚楽鍋』の挿絵に「ビイル十八匁(30銭)」との牛鍋屋の品書きが見える。
  • 1874年(明治7年)
  • コープランドから技術指導を受けた甲府の野口正章が、「三ツ鱗」印ビールを発売する。[1月]
  • 黒田清隆、開拓長官となり、外国人技術者の進言からビール醸造事業の展開を推進する。[8月]
  • 1876年(明治9年)
  • 官営品川硝子製造所設立。びんが工業的規模でつくられるようになる。[4月]
  • 官営の開拓使麦酒醸造所が、村橋久成の尽力によって札幌に設立され、開業式が行われる。中川清兵衛を開拓使麦酒醸造所の醸造主任に登用。[9月23日]
  • 『家庭叢談』に「此節頼りに流行する麦酒の如きも日本製多し」。[10月]
  • 1877年(明治10年)
  • 西南戦争勃発。[2月]
  • 明治天皇が西南戦争の傷兵を見舞った際に下賜された品の中にビールがあった。
  • 開拓使麦酒醸造所、東京で「札幌ビール」の払下げ。[9月]
  • 東京に550軒の牛鍋屋。
  • 1882年(明治15年)
  • 開拓使麦酒醸造所が札幌麦酒醸造所と改称。
  • 1883年(明治16年)
  • 「府下到る所として西洋料理の看板を見ざるはない」(『開化新聞』10月30日)。
  • 東京・日比谷に鹿鳴館がオープンする。鹿鳴館は海外要人をもてなす施設として建設され、毎晩のように舞踏会が開催された。夜会ではビールが飲まれたという記録も残る。[11月28日]
  • 1884年(明治17年)
  • 森鷗外、留学のためドイツに渡る。留学中に「ビールの利尿作用について」の研究を行う(『独逸日記』)。[10月]
  • 兵庫県多田村平野の天然炭酸水を「三ツ矢平野水」として発売。

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