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酒・飲料の歴史 日本のビールの歴史 酒・飲料の歴史 日本のビールの歴史

時代別解説

昭和24年〜昭和45年(1949〜1970)

生活にとけこむビール

(2)屋上ビアガーデンの流行
自由販売の再開後、ビールは戦前と同じようにまずはビアホールや居酒屋など家庭の外で飲まれるようになった。特に夏場のビール消費量増加に大きく貢献したのが、屋上ビアガーデンの流行である。

1952(昭和27)年、東京・銀座のビアホールが「ルーフガーデン」という名前で、ビルの屋上でビールを提供した。同年7月には東京・日本橋高島屋で「ビールの祭典 屋上庭園」が期間限定でオープンし、8月には東京會舘に「屋上納涼園」が設けられた。そして翌年の1953(昭和28)年には大阪の第一生命ビルに屋上ビアガーデン「ニユー・トーキヨー」が誕生し、以後毎年開かれるようになった。

高度経済成長期には、ビアガーデンは勤め帰りの人々をはじめとする多くの「ビール党」で賑わうようになり、夏の風物詩の一つとして全国的に定着していった。生ビール中ジョッキが1杯200円程度で飲めて、つまみは枝豆、冷奴、やきとり、イカ焼きなどであった。大阪ではお好み焼きや串カツが出されるなど、その地方独特のつまみもあった。当時の屋上ビアガーデンは、カラフルな提灯などで飾り付けをし、一角に設けられたステージでは生バンドがハワイアンなどを演奏するというのが一般的なスタイルだった。

1972(昭和47)年には東京都内に約100軒の屋上ビアガーデンがあり、平均的な客単価は1人1,000円ほどであったという。
池袋パルコの屋上ビアガーデン

池袋パルコの屋上ビアガーデン(『読売新聞』1979年4月12日付)


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