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酒・飲料の歴史 日本のビールの歴史 酒・飲料の歴史 日本のビールの歴史

コラム

渋谷庄三郎(しぶたに しょうざぶろう)1821-1881/大阪府出身

日本人の手による初の商業ビール醸造を手がける

渋谷(しぶたに)庄三郎は、1872(明治5)年に大阪で「渋谷(しぶたに)ビール」と名付けたビールを発売、日本人で初めての本格的なビール醸造・販売業者となった人物である。

摂津国桜井谷(現・大阪府豊中市)に200年あまりも続いた旧家に生まれた渋谷は、大阪市内で綿卸商を営む一方で「大阪開商社」という会社にも出資していた。開商社は大阪府管轄の官製組織で、貿易や工業、商社など、さまざまな事業を進めており、渋谷はその中で「頭取並」という役名で綿産業を担当していたのである。

その開商社は、1871(明治4)年頃から工業部の事業の一環として、ビール醸造計画に乗り出し、アメリカ人のビール醸造技師を大阪へ招いたという記録が残っている。ところが、理由は不明だが、開商社はこのビール醸造計画を中止してしまう。そこで、生家が酒造業を兼業していたこともあって醸造への興味を抱いていた渋谷が、他の頭取たちの勧めも受けて、個人でビール醸造計画を引き継ぐことになったといわれている。

渋谷は、現在の大阪市堂島に持っていた土地を利用してビール醸造所を建設し、開商社が呼んだアメリカ人技師フルストから技術指導を受けて醸造を開始した。ホップの種子をアメリカから輸入して、醸造所構内で栽培も試みていたという。そして、醸造所建設から数か月後には、「渋谷ビール」が世に送り出されることになった。

ただし、決して売れ行きは良好とはいえなかったようだ。結局、1881(明治14)年、渋谷の死とともに「渋谷ビール」は製造を終了することになるのである。

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