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コラム

1912年

宣伝カー「ナンバーワン自動車」が東北各地を巡回

1912(明治45)年6月、明治屋の「キリンビール」宣伝カー「ナンバーワン自動車」が、東北地方への宣伝旅行に出発した。厚板のびん型から、新しくズック(厚地布製)の幌型となったナンバーワン自動車は、まず東京・秋葉原駅から貨車積みで青森へ送られ、その後東北地方を南下していった。ナンバーワン自動車には運転手1名、助手1名に店員1名が乗り込み、最初に青森市内の取引先を3日間巡回した。エンジン音とクラクション代わりについていたサイレンの響きとが珍しく、見物人が沿道に人垣をつくり、陸軍の青森連隊前にさしかかったときには、将校の依頼で自動車を営内に乗り入れ、兵隊を乗せて操縦法を説明したという。

青森の弘前市から秋田の大館へ向かう途中は、橋の状況が悪かったため鉄道貨車に積み込んで大館に入り、秋田市、大曲を巡回した。院内峠も通行困難であったため、汽車積みで山形の新庄に着き、山形、米沢と巡回していった。4度目の汽車積みで盛岡市を出た後、岩手の花巻から仙台市に向かう途中、険しい山道でガソリンが不足し、立ち往生するアクシデントも起こった。人を仙台に派遣してガソリンを取り寄せることで、ようやく午前2時に仙台に着き、その日は市中を走り回って塩釜に到着。その後、修繕を要したため5度目の汽車積みで、ようやく36日ぶりに東京に戻ることとなった。当時の道路事情や自動車の性能を考えれば、いかに悪戦苦闘の宣伝旅行であったかが想像される。

当時、自動車そのものが珍しかったため、東北各地を走り回る宣伝カーは行く先々で歓迎され、抜群の宣伝効果をあげた。ナンバーワン自動車は、宣伝カーのはしりとして広告史に大きな足跡を残したのである。
弘前市土手町中関商店前のナンバーワン自動車

弘前市土手町中関商店前のナンバーワン自動車(明治屋『嗜好』5巻9号 1912年刊)


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