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酒・飲料の歴史 日本のビールの歴史 酒・飲料の歴史 日本のビールの歴史

コラム

1869年

横浜に日本初のビール醸造所ジャパン・ヨコハマ・ブルワリー開設

1869(明治2)年、横浜山手46番地に日本で最初のビール醸造所ジャパン・ヨコハマ・ブルワリーが開設された。経営者は居留外国人のローゼンフェルトであったが、その後クラインという人物に変わり、島根の松江藩も出資をしていた。このジャパン・ヨコハマ・ブルワリーで醸造技師として働いたのが、のちにコープランドとスプリングバレー・ブルワリーの共同経営をすることになるヴィーガントである。

ドイツ生まれでアメリカ国籍を持つヴィーガントは、サンフランシスコで横浜のジャパン・ヨコハマ・ブルワリーの支配人兼醸造技師となる契約を結び、1869(明治2)年に来日した。しかし、ジャパン・ヨコハマ・ブルワリーの所有者であるクラインと衝突したため在職9か月で職を辞し、ヘフトが経営するヘフト・ブルワリーに移って醸造技師として働いた。ヴィーガントが去った後の1874(明治7)年には、日本初のビール醸造所である横浜のジャパン・ヨコハマ・ブルワリーは閉鎖された。

一方、ヴィーガントは、1875(明治8)年にヘフト・ブルワリーが閉鎖されると、この醸造所をババリア・ブルワリーとして醸造を開始した。しかし、すぐ近くにあったスプリングバレー・ブルワリーとの販売競争を避けるため、まもなくこの醸造所を閉鎖し、コープランド・アンド・ヴィーガント商会を設立。1876(明治9)年からはコープランドと共同でスプリングバレー・ブルワリーの経営に当たった。
ヴィーガントとコープランドが商事組合を設立したことを伝える新聞広告

ヴィーガントとコープランドが商事組合を設立したことを伝える新聞広告(『ザ・ジャパン・ガゼット』1876年6月16日付)


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