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キリンビール取手工場 操業50周年特別企画 取手工場オンライン歴史写真展

キリンビール取手工場は1970年に製造を開始して以来、
大変多くのお客様に支えられ、
2020年には
おかげさまで操業50周年を迎えることができました。
これまで、取手工場は少しでも多くのお客様に
“よろこび”を届けられるよう、
この50年間進化し続けて参りました。
工場操業開始当時の貴重な写真や、現在の工場の
様子とともに、
当社最大規模の製造を誇る取手工場の
“歴史”を感じて頂ければと思います。

50周年特別企画 従業員インタビュー

総務広報担当部長 林 義和
総務広報担当部長 林 義和
取手工場はどんな工場ですか?
キリンビール全国9工場のうち製造量が最も多い工場です。一年間に製造する量は、仮に350ml缶を縦に積み重ねていくと、なんと地球4周分以上にもなります。
取手工場では「一番搾り」や新ジャンルの「本麒麟」のほか、「氷結」や「キリン・ザ・ストロング」等の缶チューハイを造っています。
6月に初出荷から50年を迎えた取手工場ですが、今のお気持ちは?
1970年(昭和45年) 6月22日に初出荷を行って以来、このたびおかげさまで50周年を迎えることができました。ひとえに地域の皆様のおかげと感謝しています。これからもお客様や地域の皆様と共に歩み、キリンの価値をお伝えしていきます。
この「取手工場オンライン歴史写真展」にはどんな想いが込められていますか?
3月から年間を通じて50周年を記念したイベントや工場見学会にお客様をお招きする予定でおりましたが、コロナウィルス感染防止の観点から、残念ながら開催を見送っています。この「取手工場オンライン歴史写真展」も、工場見学にご来場いただいたお客様にご覧いただけるよう実際(リアル)の写真展をご用意しておりました。せっかく集めたビール工場の歴史を振り返ることができる貴重な写真の数々です。是非お楽しみいただこうとオンラインでの写真展としてご案内させていただきます。
最後に、取手工場にとってこの先の50年はどのようにお考えですか?
これからの50年、いえもっと先に向かって、キリンはお客様に寄り添って、ともに歩んでいきます。お客様に喜んでいただける、お客様に「おいしい!」「楽しい!」と言っていただける提案を続けていきます。取手工場も地域の皆様、取手市や茨城県の皆様のお役に立てる工場を目指していきます!
1969年 工場建設前の航空写真
1969年 工場建設前の航空写真
当時の首都圏のビール需要の拡大は、1965年から製造していた高崎工場(群馬県)の稼動ではまかない切れないほどの勢いでした。
そこで、1968年に北相馬郡取手町(現・取手市)に用地を取得し、取手工場の新設に着手しました。
1969年1月には土地造成を着工し、同年の4月から建築工事が開始されました。キリンビールとしては10番目のビール工場の建設でした。
1981年 航空写真
1981年 航空写真
1980年には年間のビール製造量が30万KLを超え、首都圏の主力工場に成長していきます。
操業開始から1982年まで、ビールの製造は「キリンビール」(現在のキリンラガービール)のみでした。
1997年 航空写真
1997年 航空写真
1990年代に入り、年間のビール製造量が40万KLを超えます。
1997年から2002年にかけて大規模な工場リニューアルを行い、21世紀の工場へと生まれ変わりました。
2011年にはRTD※の製造もはじまり、現在キリンビール工場の中で最大の製造量を誇ります。
※Ready to Drinkの略。缶を開けてそのまま飲める低アルコール飲料。
1970年3月 操業準備①
1970年3月 操業準備①
工場の建設工事が進む中、1970年3月25日に蒸気をつくるボイラーの火入れ式が行われました。
当社では初の完全屋外式のもので、高い煙突は工場のシンボルでした。
火入れ式には、安全祈願のために神主さんにもご参加いただきました。
1970年4月 操業準備②
1970年4月 操業準備②
1970年4月1日にビール製造免許を取得します。
4月13日に高圧電流通電式が行われいよいよ操業間近です。
写真は冷凍機の起動式の様子です。
1970年5月2日 貨車専用引き込み線開通
1970年5月2日 貨車専用引き込み線開通
当時、製品や原料の輸送は貨車輸送が中心であったため、専用の引き込み線が工場内に建設されました。
開通日は好天候に恵まれ、汽笛一声、列車は薬玉の紙吹雪の中を発車していきました。
取手駅に向かって全長1.5km、取手工場の製品の5割近くを出荷しており、ビール輸送の大動脈でした。
1970年5月12日 初仕込
1970年5月12日 初仕込
取手工場は、従来の工場に比べて設備を一段と大型化した点が特徴的で、仕込室に設置された銅製の麦汁煮沸釜は、一度に105KLという大量の麦汁を仕上げることができるようになりました。
1970年6月16日 操業開始
1970年6月16日 操業開始
びん詰め式で安全祈願をしている様子です。
写真のびん詰め機では1分間に550本製造することができました。
2つのびん製造ラインで「キリンビール」を詰め、6月22日に初出荷しました。
びん製造ラインは翌年には4列、1980年には8列に増設されます。
1970年6月22日 出荷開始
1970年6月22日 出荷開始
取手工場の第一期工事が完成し、出荷を開始しました。
第一期工事完成後、ただちに第2期、第3期、第4期工事を実施し、第4期工事の完成により、26万6千KLの製造能力を有する当社最大の工場になりました。
現在は最大製造能力が50万KLまで高まり、当社最大の製造量を誇っています。
1970年代 出荷
1970年代 出荷
当時はびんビールが主力の時代です。
取手工場から出荷していた「キリンビール」は全てびんビールでした。
1970年代 仕込室
1970年代 仕込室
当時は2つの仕込み設備(2系列)で「キリンビール」の製造を行っていました。
1979年に、さらに仕込設備が増設され(3系列)、当時日本最大の製造能力をもつ工場になりました。
1970年代 発酵室
1970年代 発酵室
発酵室には発酵タンクが20基ありました。
現在は自動化されているタンクの洗浄ですが、当時は人の手で行っていました。
1980年代 貯蔵室
1980年代 貯蔵室
今では懐かしい横型貯蔵タンクです。
貯蔵庫と呼ばれる大きな蔵に並んだタンクは壮観です。
1997年からの工場リニューアルで縦型貯蔵タンク(コニカルタンク)が新設されるまで使用していました。
1970年 パッケージング工場
1970年 パッケージング工場
操業時のパッケージング工場全体の様子です。
1970年7月には工場見学の本格受入れがはじまり、真新しいパッケージング工場をご案内していました。
1973年 キリンレモン製造(びん)
1973年 キリンレモン製造(びん)
取手工場では1972年から1989年まで「キリンレモン」を製造していました。
びんに詰め終わった「キリンレモン」の外観を人の目で最終検査しています。
1978年 キリンレモン製造(缶)
1978年 キリンレモン製造(缶)
最初はびん製品だけでしたが、1973年から缶製品も製造を始めました。
写真は缶詰め前の新しいキリンレモンの缶をパレットから荷下ろししている様子です。
ビールの缶詰めラインが新設されるのは1979年のことです。
1978年 キリンレモン箱詰め
1978年 キリンレモン箱詰め
キリンレモンの缶を「ケーサー」という機械で自動で箱詰めしている様子です。
1980年代 びん詰め機
1980年代 びん詰め機
初回の製造から10年間経っていますが、この時も製造製品は「キリンビール」だけでした。
1979年 缶ビール製造開始
1979年 缶ビール製造開始
1979年5月にビールの缶詰めラインが新設され、缶ビールの製造もはじまりました。
現在では製造の大半を占めている缶製品ですが、当時はびん製造ライン7列に対して缶製造ラインは1列だけでした。
1分間に1300缶の製造能力をもつ缶詰機は当時はとしては最速級の機械でしたが、現在は1分間に2000缶の製造が可能になっています。
1977年 製品積み込み
1977年 製品積み込み
現在ではフォークリフトで行っているトラックへの積み荷をトラックローダーという機械で行っていました。
一度に大量のパレットをトラックに積むことができます。
1987年 出荷
1987年 出荷
1987年に取手工場では輸出用ビールの製造がはじまります。
1984年には「ハイネケン」、1987年には「ハートランドビール」の製造がはじまり、製造製品が5種類に増えました。
1980年代後半からお客様の嗜好に合わせてさまざまな製品が開発され、1989年には10種類と製造製品が増えていきます。
1987年 容器の多様化
1987年 容器の多様化
この頃にはびんビール製造ラインが7列、清涼飲料水の缶製造ラインが1列、缶ビール製造ラインが2列ありました。
1987年に樽生ビールの製造ラインが新設されました。
1987年8月 お中元セットの元詰め作業
1987年8月 お中元セットの元詰め作業
「キリンびん生お中元セット」を詰めている様子です。
1991年 パッケージング工場
1991年 パッケージング工場
1990年に「一番搾り」が発売され、91年には「秋味」が発売されます。
ロングセラーとなる製品が続々と誕生していきます。
1993年 キリン ブラウマイスター誕生
1993年 キリン ブラウマイスター誕生
取手工場からドイツに留学して「ブラウマイスター」の称号を得たビール職人が誕生しました。
帰国して開発したビールが「キリン ブラウマイスター」です。
真剣な表情で麦汁の色、澄み具合を確認しています。
1994年 キリンフェスティバル
1994年 キリンフェスティバル
当時は毎年恒例だったキリンフェスティバル。
全国の工場で行われ、来場者は延べ30万人の大イベントです。
この年の取手工場のイベントは「大人も思わず手が出るどじょうつかみ」でした。
1997年 工場リニューアル
1997年 工場リニューアル
コニカルタンク(縦型)の発想自体は20世紀当初からありましたが、当時の技術では実用化は難しいと言われていました。
しかし、発酵・貯蔵タンクの大型化と洗浄の無人化を両立させることで、ビールの量産化に対応できるようになりました。
1997年から行われた工場リニューアルによって、横型だった発酵・貯蔵タンクすべてがコニカルタンクになりました。
2020年 コニカルタンク
2020年 コニカルタンク
現在の発酵・貯蔵タンクです。
139本のコニカルタンク(縦型)タンクが稼働しています。
2020年 仕込み室
2020年 仕込み室
2007年に仕込み釜は銅製からステンレス製に生まれ変わりました。
1回の仕込みで約100KL、350mlの缶ビールに換算すると約30万本分の製造を行うことができます。
以前使用していた国内最大級の大きさを誇る銅釜は、現在も展示用に保存しています。
2020年 物流倉庫
2020年 物流倉庫
貨車専用引き込み線があった場所は、物流倉庫に生まれ変わっています。
また2001年には倉庫西側に約800mに及ぶ歩道を新設し取手市へ提供しました。

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