未来のヒント

テクノロジーによって人間はより創造的になれる~井口尊仁(いぐちたかひと) DOKI DOKI, INC.~

セカイカメラで一世を風靡し、その後ウェアラブルデバイスのテレパシーという製品開発への取り組みで大きな話題を生んだ井口さん、現在は音声UIを使ったBabyやballといったアプリケーションを2016年以降ローンチしています。井口さんはテクノロジーをベースにしながら新しいクリエーションをし続けるアーティストのようにも見えます。今回はテクノロジーと人間の関係について伺いました。

テクノロジーの進化

テクノロジーの歴史を振り返る時、iPhoneの出現の意味は便利ということだけでなく、そこに人とテクノロジーとの間の親しみやすさがうまれたことだといいます。もともとIBMのメインフレームコンピュータを扱うシステムエンジニアだった井口さんは当時のパンチカードでプログラムを動かしていた時代を振り返り、そこには、機械と人間との間に親密な関係は何もなかったと。それから30年、コンピュータ技術の進化は飛躍的な発展を遂げました。その発展はまさに人間と機械との親密さの進化だと言います。そしてこの後の発展を想像する時、機械は人間の様々な行為を代替し、その親密性はあらたなステージへと突入しています。

音声UIというデジタルエージェント

映画スタートレックなどを見ていて、未来のことを描いているのに、その時代にキーボードを叩いている人がいるのはおかしいと思うそうです。その時代には音声などの身体に呼応したインターフェースができあがっているでしょう。いま井口さんが取り組んでいる音声UIとはそうした新しい時代への大きな飛躍のための契機になるテクノロジーだといいます。それは数々のデジタルエージェント(デジタルデバイス内部で動作するインターフェースソフトウェア)の中でも、今までになかった全く新しい体験を作り出そうとしています。今普及しつつあるGoogle HomeやAmazon Echoといったスマートスピーカーを経験した人もいるでしょう。これらは言葉を発しただけで機械が自分で検索して、結果を教えてくれます。キーボードを打たないということで、機械が自分で考えているかのような感覚になります。それは1960年代にマウスが発明された時と似ているといいます。そのツールの革命があったからこそ画面上に思い通りに図形を描けるグラフィックアプリケーションが次々と生まれてきました。今では当たり前のようなツールです。音声UIによって、今これと同じような大きな変化がおき、手軽なこの行為が人間とコンピュータの関係をより親密な関係に変えていくのです。
このことによって人間は知らず知らずに、記憶や検索などの部分をコンピュータに頼っていくことになります。その分人間はワーキングメモリーをより積極的に使える方向に向かうと言います。

ballというアプリ

井口さんが開発した、音声メッセージを録音して仲間とシェアするというコミュニケーションアプリが話題になっています。これは16秒以内でメッセージを録音、他の人が違う場所、違う時間でその音声を聞くことができるアプリです。FacebookやTwitterの音声版とも言えますが、文字でないメッセージによってその人の感情がよりつたわりやすく、やさしいコミュニケーションが生まれるともいいます。さらにだれかが話を聞いてくれるということも人間のもつ孤独をいやしてくれるのです。

次のステージに向けて

井口さんはこれらの開発の中で気づいたことがあります。それは、音声は入力方法には適しているものの、あとで聞くには入力したのと同じ時間がかかるという、出力方法の課題があるのです。さらに、一目でわかる一覧性に欠けるということも弱点のひとつです。そこで、現在開発中の新しいサービス(Transparent)は会話に追従して自動的に関連するデータを画像や動画をつかって画面に映し出していくというシステムです。それは人間の対話に着目し、言葉を正確にトレースするのでなく、そこで次々と現れるキーワードを表現していくことでその対話のコンテクストを容易に推測することを可能にします。対話というのはこのようにコンテクストを推測し合うことだと理解したそうです。例えば会議などに利用した場合、そこで使ったデータを記録し他の人とその内容を共有することもできますし、あとから自動的に短く編集してその日の話や会議の重要なトピックスをまとめることも簡単にできるようになります。音声をそのまま録音するのでなく視覚情報に変換して一覧性を作り出すことが可能です。そのことによって結果だけを見るのでなくコンテクストが理解され共有されることで、さらに次の創造的な発想へと繋がりやすくなります。

天命と思って新しいサービスに挑戦する

井口さんはひとつのところにとどまりません。時代の最先端を追いかけながらつぎつぎと新しいサービスを作り出そうとしています。そこには彼が目指す未来の社会のイメージがあります。それを「スケスケ社会」といいます。さまざまな行為や言動が自動的に記録されていくということで秘密をもちにくくなっていく透明な社会ともいえます。そのことを怖いと感じる人もいるかもしれませんが、井口さんはそうした新しい社会をより積極的にとらえています。確かにテクノロジーの変化がどんな社会の変革を起こすかは予想できません。しかしこうした未来像は今の社会の枠組みを根本から変えるかもしれません。どう変わるかというより、まだ見たことのない次の社会に移行する瞬間をつくっていきたいという井口さん、そこには井口さんの生き方の原動力があるようです。ご自身もそのことを天命だと言っていました。
井口さんはテクノロジーの最前線に生きています。井口さんが語ってくれた未来の社会においては、私たちの仕事の仕方も暮らしかたも大きく変わるでしょう。その時代には今人間がやっている多くの仕事を機械が代替しているかもしれません。しかし、その時代には人間の役割が問い直され、新たな仕事もうまれるでしょう。
テクノロジーの進化を手放しに喜ぶのは危険かもしれませんが、それを恐れず積極的に受け止め、使いこなし、体験していくことで次の課題も見えてくるはずです。

プロフィール

井口 尊仁(いぐち たかひと、1963年)
米国カリフォルニア州在住、IT起業家。
岡山県美作市出身。
1987年、立命館大学文学部哲学科卒業。その後システムエンジニアの経験を積む。
1996年 ジャストシステムに入社。
1999年 デジタオを設立。
2008年-2012年 頓智ドットCEO。
2012年-2014年 Telepathy最高経営責任者。
2014年 Telepathyフェロー。
2014年 DOKI DOKI, INC.最高経営責任者。

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