未来のヒント

これからの社会と働きかた~4つの経済圏と取引コストゼロ社会について~

今回は、話題になっている『ビジネスモデル2025』の著者の長沼博之さんにインタビューを行いました。新しいビジネスモデルはもとよりこれからの社会の変化についてうかがいました。

2015年9月に出版された『ビジネスモデル2025』の著者 長沼博之さん

4つの経済圏

長沼さんはこの著書で、これからの時代はこれまでの「貨幣経済」中心の社会から、かつてあったような「共有経済」、「交換経済」、「贈与経済」などの経済圏が復活し、貨幣経済と融合される時代になると説明をしています。これまでもコミュニティーの中では貸し借りや物々交換などによる経済圏は存在していました。高度に発達したインターネットなどの検索技術や商取引を瞬時に行えるプラットフォームの出現によってこれらが加速され、いままでの資本主義経済圏と融合した新しい社会のパラダイムが生まれつつあるというのです。
長沼さんは、新しいビジネスモデルの代表例としてLINEやAirbnb*1、Uber*2、メルカリ*3、airCloset*4などを紹介しています。これらのビジネスモデルでは、オンライン上の「口コミ」や「評価」が、相手の信用価値を増幅させることで、共有経済や交換経済はもとより、贈与経済の新たな形を創り出していると指摘しています。

  1. *1 Airbnb(エアビーアンドビー):宿泊施設を貸したい人と借りたい人のマッチングサイトおよびアプリ。ホテルや旅館以外のスペースも貸し借りすることができる。現在では192カ国の33,000の都市で1日80万件以上の宿を提供している
  2. *2 Uber(ウーバー):自動車の配車ウェブサイトおよびアプリ。一般的なタクシーの配車に加え、一般人が自分の空き時間と自家用車を使って他人を運ぶことができる。現在は世界58カ国・地域の300都市で展開している
  3. *3 メルカリ:ネット上でのフリーマーケットサイトおよびアプリ。個人間売買の手段として人気になっている。誰でも簡単に出品し、購入もできる。日本およびアメリカにてサービスを展開しており、毎日数十万品以上が新規に出品される
  4. *4 airCloset(エアクローゼット):プロのスタイリストが選んだ服を月額制で何度でも届けてくれる、女性向けオンラインファッションレンタルサービス。返却時はクリーニング不要で送料無料、気に入った商品は買取が可能

コストゼロ社会

このようなビジネスモデルを考える時の重要な視点は「コストがゼロになる」ということだそうです。例えば取引コストです。インターネット上にある様々なプラットフォームを利用することで、買い手と売り手、または提供する人と欲しい人が、瞬時にかつ直接つながり、かかっていた時間や中間マージンなどの取引にかかるコストはゼロに近づきます。
いままでは欲しい人と売りたい人が個人的に出会うのは奇跡に近く、欲しいものがある場合は店に行って探し、見つかれば買うという方法しかありませんでした。しかし、このようなウェブサービスを使えば、世界中の人同士がつながって、時間や手間をかけずに取引することができるのです。

ゼロになるのは取引コストだけではありません。最近ではデータ送信を使って、工場を持たずに3Dプリンターなどで生産するような試みも始まっています。データや図面を送信して、消費の現場で生産したり、ユーザーが自分でものをつくったりすれば最終製品における物流コストもゼロに近づきます。さらに、発注が来てからつくれば在庫コストもゼロになります。こうしたコストゼロ社会の衝撃は今までの経済圏に大きなインパクトを与えており、それを追い風にした新しいビジネスモデルが次々と生まれていくだろうと言います。

取引コストがゼロになる理由

  • スマホなどのモバイルデバイス
  • 使いやすいアプリケーション
  • GPS(位置情報自動検索システム)
  • IoT(モノと人が自動的に繋がるシステム)
  • SNS(ソーシャルネットワーキングシステム)

※出典:『Business Model 2025』

新たな経済圏によって人間はどうなるのか

このように、新たな経済圏では様々なコストはゼロに近づき、ものの値段が下がり、生活者にとっては支出が少なくなる社会が実現します。また、人々の働き方も変わっていくでしょう。新たな経済圏のビジネスで収入が得られるようになれば、会社勤めや従来のビジネスで収入を上げることに依存しなくても暮らしていくことが可能になります。多くの人が、自分がどう貢献しているのか分からない単純労働から解放され、より豊かに、より創造的な仕事をするようになっていくのかもしれません。
今あるものや空間をシェアし必要な人とモノを瞬時にマッチングする世界は、世の中から無駄をなくしてモノの所有への執着から解放し、社会を新しいステージへと推し進めます。貨幣的利益を最優先した社会から、人との関係性を大切にした、より人間らしい社会へと進化していくのです。モノやサービスなどの価値を貨幣以外でも交換できる社会は、決して貧しいものではなく、今よりもっと豊かな社会になるだろうと長沼さんは言います。

人間の意識レベルが進化する社会

「働き方のモデルの4つのレイヤーを矛盾なく一致させていくことが大事」

これらのビジネスモデルを考える時に、人間の意識レベルの変化が大切であると長沼さんは言います。一言で言えば「何ためにどのように生きるか」ということです。ある意味で文明的な転換期を迎えているのが今の時代です。下の図を見てください。

人間の進化を考える時、この働き方のモデル、ビジネスモデル、社会モデル、マインドモデルというそれぞれのレイヤー同士を縦方向でも矛盾なく一致させていくことが大事な視点です。儲かるビジネスモデルをどのようにつくるかだけでなく、社会の進化や意識の進化とも合致したモデルが必要なのです。さらに一番下にあるマインドモデルの進化とは、自分のためや自社のためだけではなく、社会や未来の人類についても深く思いを巡らせることです。
現代は文明的転換という意味ではまだ発展途上にあります。新しいビジネスは次々と生まれつつも、今まで社会を担ってきた旧ビジネスモデルが急激に変わるわけではありません。しかし企業は、ビジネスモデルと社会の関係を考え、幸福とは何かという根源的課題を問い続けることで進化していくはずです。

よいことはゆっくり変わる

まだまだ社会の多くの企業は既存のビジネスモデルの上に成り立っており、企業のトップの多くはたとえ新しいビジネスモデルの重要性を理解したとしても、急激に経営の舵をきることは難しいかもしれません。
長沼さんは、そうした今の時代に必要な人材は坂本龍馬のような人だと言います。志を掲げるだけでなく幕府側の勝海舟ともつながり、反幕府側の西郷隆盛とも話ができる柔軟な人です。企業の中にいながら社会の変化に敏感に反応し、その意図を組みながらも粛々と企業が抱える矛盾に向き合う忍耐力を持った人が必要なのだと。よいことは時間をかけて、しかし確実にゆっくりと変わっていくと言います。

ロボットと人間の違い

「ロボットには持ち得ない『生命』の尊厳を理念としたところにこそ新しいビジネスが存在し続ける」

今まで説明してきたようなビジネスモデルと意識の進化を考える時、どうしても考えなければならないのが、現在のビジネスの多くがベースに置いているテクノロジーでありロボットについてです。一説には 2045年には人工知能が人間の情報処理能力を上回り、そうした人工知能を搭載した電子機器を誰でも手に入れることができる時代がくると言われています。
ロボットは単純に記憶する、計算するという領域を超えて、自ら高度に学ぶことができるような進化を続けていきます。こうしたロボットの進化は今まで説明してきた新たなビジネスモデルをさらに推し進めて、ますます便利な時代となるでしょう。ほとんどの仕事をロボットが人間の代わりにする時代になるかもしれません。その時に人間の役割や使命とはどういうものになっていくのでしょうか。

長沼さんは人間と機械の決定的な違いは「生命」であるといいます。ロボットは、高度な生命的システムとはなり得ても、生命体そのものではありません。これからの人類の仕事は、生命の尊厳を理念とすべきであり、そこにこそ新しいビジネスは存続し続けるのだといいます。

先が見えないこの時代の向こうに広がる明るく豊かな社会像をつかむために、個人も企業も進化を求められているのでしょう。
今回の取材では、新たなビジネスモデルの出現を通して、それがなぜ生まれ、どこに進んでいこうとしているのかをポジティブに捉え、社会全体が幸せに向かっていくという長沼さんの未来へのビジョンがとても印象的でした。

プロフィール

長沼博之(ながぬま ひろゆき)
一般社団法人ソーシャル・デザイン代表理事。イノベーションリサーチャー、経営コンサルタント。
近未来の社会や次世代ビジネスのトレンドを紹介するメディアSocial Design Newsファウンダー。
船井幸雄グループにて企業、ソーシャル・ビジネス等の支援に携わった後、2008年にソーシャル・デザインを設立(2010年に法人化)。
世界の先端の動きを追いかけながらコンサルティング、講演、執筆活動を行う。
ロボット社会やシェアリングエコノミー、次世代ビジネスモデルや働き方等についてテレビや雑誌から取材多数。著書に「ビジネスモデル2025」「ワーク・デザイン これからの〈働き方の設計図〉」がある。

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