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中村 俊輔さん SHUNSUKE NAKAMURA

PROFILE

1978年生まれ。ジュビロ磐田所属。幼稚園時代にサッカーを始め、高校卒業後、1997年に横浜マリノス(現在の横浜F・マリノス)に加入。イタリア、スコットランド、スペインのクラブチームを経て、2010年にJリーグに復帰。2017年よりジュビロ磐田で活躍。日本代表(A代表)では2000年に初出場し、2010年までチームの中心的存在として背番号10番を背負った。

SPECIAL INTERVIEW 01 自分を極め、自分と戦う中村 俊輔さんSHUNSUKE NAKAMURA

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日本での国際試合は幸せを感じる瞬間

中村選手にとって、キリンカップ・キリンチャレンジカップはどのような場ですか?
 キリンカップは、小さい頃からテレビで見ていました。その時、イギリスのクラブチーム相手に日本代表が得点するシーンを見て「日本も、ヨーロッパのチームに対していいプレーができるんだな」と思い、自分が日本代表として出場するときも、いいプレーをしようと意識していました。キリンカップ・キリンチャレンジカップは、日本代表の強化だけでなく、僕のように次世代の子どもたちが代表を見る機会にもなるので、ありがたい場だと思っています。
 僕は、ヨーロッパのクラブに所属していた頃にキリンカップによく出場していました。ヨーロッパから帰ってくるのは、時間的にも距離的にも大変ですが、それでも帰国する価値のあるゲームだと思っていました。日本代表のユニホーム、しかも小さい頃からの憧れの背番号10番を背負って日本でサッカーできることは、僕にとって幸せを感じる時間なんです。キリンカップで帰国するのは、日本の食材をたくさん仕入れて帰るチャンスでもあったので、そういう意味でも「次の試合は何カ月後だ」と楽しみにしていました。
出場されたキリンカップ・キリンチャレンジカップで、印象に残っているプレーはありますか?
 よく覚えているのは、2000年のキリンカップでのスロバキア戦ですね。その試合中に決めたフリーキックは、キリンカップでの初ゴールでした。あのフリーキックの弾道は、僕が今まで決めたフリーキックのベスト3に入る良い弾道だったと思います。当時は21歳と若かったので、代表戦で良いプレーができて自信がついたし、日本のサッカーファンやサッカー関係者に自分の武器であるフリーキックをアピールできました。

キリンカップを代表の成長につなげる

日本代表が海外のチームと対戦することは、選手や日本サッカーにとってどのような面で強化につながっていますか?
 海外のチームと対戦すると、特にJリーグの選手は相手国の選手だけでなく、チームメイトとなる海外クラブでプレーする日本代表の選手からも刺激を得られます。一緒にプレーして世界レベルの技術や考え方に直接触れ、「もっとうまくなりたい」と思うことがレベルアップにつながります。そのため僕は、普段のJリーグの試合でも、日本代表選出メンバーが相手にいると「よりいいプレーをしよう、ゴールを決めよう」と思っています。ちょっと上から目線かもしれないですが、海外を経験した選手である僕と対戦することで「もっと上に行きたい」と思う選手が増えてほしいです。

“キリンの商品で好きなもの”

キリンさんの商品は成分などに安心感がありますね。スポーツドリンクも、「これを飲んでおけば大丈夫」と思えるのでよく飲むし、最近は「生茶」も結構飲んでいます。

“中村選手のサッカーノート”

僕は高校生の頃から、試合や練習の振り返りを記す「サッカーノート」をつけています。ノートの冒頭には短期・中期・長期の目標を書いていて、高校の頃の長期目標は「日本代表入り」でした。それが、目の前の短期目標を達成してきたことで、その長期目標は中期目標に。プロ入りすると「日本代表入り」は短期目標に落ちてきました。「サッカーをうまくなりたい」という一心で続けたノートによって、目標や、やるべきことを整理できました。

©JFA 2000年6月11日キリンカップサッカー2000対スロバキア代表
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