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過去の取り組み

発酵食品名鑑

日本各地の発酵食品をご紹介します。世界の食文化研究の第一人者、石毛直道の「発酵コラム」も必読です。
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日本の食文化をはじめ、世界の食文化にも造詣の深い石毛直道先生に自然の恵みと気候・風土の中で長い時間と手間をかけて育まれてきた「発酵食品」の魅力についてお聞きしました。

石毛直道の発酵コラム 第4回「酒」

オーストラリア、ポリネシア、北米の先住民など、白人がやってくるまで酒を知らなかった民族があります。酒づくり技術が普及する前に、文明の中心地帯から遠く離れた地域に民族移動を遂げた人々です。また、北アフリカ、西アジア、中央アジアのイスラム教徒や、インドのヒンドゥー教徒は、酒を飲まない人々が優勢です。これらの地域では古代から酒づくり技術が存在したけれど、宗教上の理由で酒づくりをしなくなったのです。

とはいえ、世界中に普及した発酵食品が酒です。

【糖分の酒】
酒に含まれるエチルアルコールは、糖分が酵母の作用で発酵することによって生成されます。現代の企業化した酒づくり法では、人工的に選択し培養した酵母を糖液に加えて発酵させます。

しかし、酵母は自然界にいくらでも存在するので、適当な濃度の糖分を含んだ液体を用意して、温度管理をするなど、発酵しやすい環境を整えれば、自然酵母の作用で酒ができます。そこで、糖分を含む原料からは、比較的簡単に酒をつくることができます。このような「糖分の酒」の原料としては、ハチミツ、果実、樹液、乳があります。

【ハチミツ酒】
わたしは東アフリカのサバンナで、牧畜民族のダトーガ族がハチミツ酒づくりをするのを観察したことがあります。ハチミツに約3倍の水を加えて薄め、「酒の薬」と称する多孔質の木の根といっしょに大型のヒョウタンに入れ、屋内のたき火のそばに置きます。ヒョウタンを火に近づけたり、遠ざけたりして温度調節をし、一昼夜すると、ハチミツ酒ができあがります。かすかに花の香りのする、おいしい酒です。木の根は、酒づくりに繰り返し使用するので、それに酵母が付着していると考えられます。

英語でミードというハチミツ酒を、ビールが普及する以前のゲルマン民族はよく飲んでいたようですし、東欧やロシアでも現在生産されています。中東、アフリカでもハチミツ酒をつくる民族がいます。中米からブラジルにかけての地帯にもハチミツ酒の伝統があります。

簡単にできる酒ですし、作物と違って、ハチミツは世界各地で入手できるので、旧世界の西側と、中南米のハチミツ酒はそれぞれ独立に発生したものと考えてよいでしょう。旧石器時代の絵画にハチミツ採集の図があることを考えにいれると、ハチミツ酒は人類最古の酒である可能性があります。

【果実酒】
果実の汁を搾って発酵させる果実酒の原料は、ブドウ、リンゴ、バナナ、ナシ、モモ、サクランボ、プラム、アンズ、ザクロ、クロスグリなど、さまざまです。なかでもブドウからつくるワインと、リンゴを原料とするシードルが有名です。

野生の果物を酒づくりにまわすほど集めるのは大変ですし、果実を搾る道具や、酒づくり用の容器の発達を考慮にいれると、果実や、穀物、芋類などのでんぷんを原料とする酒づくりは、人類が作物を栽培して農業を開始する新石器時代にはじまったものと考えられます。

イランのザクロス山脈の紀元前5400-5000年の新石器時代遺跡から発見された土器の底の残留物を化学分析した結果、この土器がワインづくりに使用されたことがわかりました。これが最古のワインであるとされます。

【樹液の酒】
糖分を含んだ甘い樹液を発酵させてつくる酒の原料の代表は、ヤシとリュウゼツランです。ナツメヤシ、ココヤシ、サトウヤシなどの花軸を切って、そこからしたたる樹液を集めて発酵させたのがヤシ酒です。

中米ではリュウゼツラン属のマゲイの樹液からつくる酒であるプルケが、アステカ帝国では神への捧げものの酒とされました。

砂糖の生産地では、サトウキビの汁を発酵させてから蒸留したラム酒の類がつくられますが、それは近代的製糖技術の副産物として成立した、比較的歴史の新しい酒です。

【乳酒】
乳に含まれる乳糖を発酵させたのが乳酒です。モンゴルからカスピ海に連なる中央アジアの遊牧地帯に乳酒が分布します。全乳を原料とするほか、各種の乳製品製造の副産物として得られるスキムミルクやホエーからもつくられます。牛乳やヒツジの乳などからも乳酒をつくりますが、ウマの乳の乳糖含有量が他の家畜に比べて高く、アルコール度数の高い酒になるので、馬乳酒が有名です。

といっても、馬乳酒のアルコール含有量は2パーセント前後なので、酒というよりは、栄養飲料として、食事代わりに大量に飲むものです。わたしはモンゴルで、生後8ヶ月の赤ちゃんに、哺乳瓶に入れた馬乳酒を飲ませているのを見ました。酔うことを目的とした飲料としては、乳酒を蒸留して飲むのです。

【でんぷんの酒】
でんぷんは多糖類、すなわち糖がくっつきあってできた物質です。くっつきあった糖を切り離して単糖類に変化させる処置―糖化―をすれば、でんぷんをアルコールにすることができます。そこで、「でんぷんの酒」をつくるためには、発酵のための糖化と、酵母によるアルコール発酵の二重のプロセスが必要なので「複発酵」といいます。それに対して、先に述べた「糖分の酒」づくりは、「単発酵」です。

でんぷんを糖化するためには、酒づくり原料にでんぷんの分解酵素を加えなければなりません。世界の「でんぷんの酒」づくり技術を、でんぷん分解酵素の種類によって大別すると、種子の発芽の際につくられる酵素を利用する「モヤシ酒」、カビの酵素を利用する「カビ酒」、唾液中の酵素を利用する「口噛み酒」があります。

【モヤシ酒】
穀物の種子を水に浸して発芽したものをモヤシといいます。アフリカには、さまざまな雑穀を原料とするモヤシ酒がありますが、何といってもモヤシ酒の代表はビールです。コムギからつくるビールもありますが、オオムギを原料とするのが普通です。コムギに比べると、オオムギの麦芽(モルト)の糖化力がはるかに高いので、オオムギがビールの原料に選ばれたのでしょう。ヨーロッパでは、16-17世紀頃から、ビールの変質を防ぎ、ほろ苦い風味をつけるホップを用いるビール醸造法が普及しました。

【カビ酒】
でんぷん質の原料にカビが繁殖すると、でんぷん分解酵素が生成して糖化がおこります。この発酵に用いられるカビを培養したものがコウジです。コウジを利用した酒づくり法は、東アジアを中心に発達し、東南アジアにも普及しました。コメを原料とするものが多く、中国の黄酒(フアンチュウ)や、日本酒がその代表です。

【口噛み酒】
穀物やイモ類を、生のまま、あるいは加熱して噛んで、唾液を混ぜて容器に吐きだして放置すると、唾液の酵素で糖化がおこり、やがてアルコールに変わります。日本の古代の記録に口噛み酒があらわれますし、アイヌの人々や沖縄や奄美諸島でもつくられていました。この原始的な酒づくり法は、かつては世界各地に分布していたようですが、現在ではほとんど消滅してしまいました。中南米でチチャという酒は、かつては口噛み酒が多かったようですが、現在では他の製法に取って代わられ、現在ではアマゾン低地に残存しています。

【蒸留酒】
いままで述べてきたのは「醸造酒」です。醸造酒を蒸留すると、アルコール度数が高い「蒸留酒」ができます。原理的にいえば、ビールを蒸留してウイスキー、ワインを蒸留してブランデー、日本酒を蒸留したら米焼酎になります。蒸留酒には、少量で酔えるし、長期間の保存に耐え、運搬にも効率が良いという利点があります。

蒸留技術は古代から知られていましたが、西欧で蒸留酒が普及するのは17-18世紀になってからのことです。中国では元代(13-14世紀)に、イスラム文明から蒸留技術が伝わったようです。日本の蒸留酒づくりは沖縄からはじまり、おそらく、15世紀前半にタイから琉球国に伝わったのが泡盛の原型であると考えられます。

伝統的酒づくりの分布模式図
(15世紀頃の世界を念頭に作成)

《参考文献》
石毛直道(編) 『酒と飲酒の文化』 平凡社 1998年
山本紀夫(編) 『増補 酒づくりの民族誌』 八坂書房 2008年

石毛直道氏

国立民族学博物館名誉教授、農学博士。世界の食文化研究の第一人者。単著に、『麺の文化史』『石毛直道 食文化を語る』などがある。

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