トップメッセージ

トップメッセージ

2023年7月

  • キリンホールディングス株式会社
    代表取締役社長
    磯崎 功典

2022年は、自然資本の持続的な利用の重要性への理解が国際的に広がった年と言えます。キリンは、世界に先駆けてTNFDが提唱するLEAPモデル※1を試行し、国内外のステークホルダーや媒体から高い評価をいただきました。一般的には、企業活動は自然に対して負の影響を与えると理解されていますが、事業が自然に対してポジティブな影響を与えられることが最近明らかになってきています。生物多様性の損失を止め、回復軌道に乗せることを意味する言葉として「ネイチャー・ポジティブ※2」が注目を浴びています。シャトー・メルシャン椀子ヴィンヤードにおける農研機構※3との共同研究で、遊休荒廃地を垣根仕立て・草生栽培のぶどう畑に転換することが自然を豊かにしたことを科学的な生態系調査によって示しました。
椀子ヴィンヤードでの「ネイチャー・ポジティブ」な成果の背景にあるのが、里山の考え方です。草生栽培のヴィンヤードが絶滅の危機にある草原を創出し、周辺に広がる水田や林や水源とともにバランスのとれた里山環境を再生したことが、生物多様性回復の促進要素となりました。2023年1月に椀子ヴィンヤードは、国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で採択された陸地と海の30%以上を保全地域にする「30by30」目標に資する環境省の自然共生サイトの認定相当に指定されました。事業を行うことで地域経済や自然環境にも価値を生み出すことができる好例だといえます。日本では、「里地里山」に見られるように、人の営みと自然は調和し共存できると考えています。手付かずの自然が残っていれば無暗に人の手を入れるべきではありませんが、人間の手が加わることでこれまで守られ、さまざまな価値を社会に創出してきた「二次的自然」が日本の自然環境のほとんどを占めているのが現状です。農地が放棄されれば、この「二次的自然」が失われてしまいます。人が自然と調和した営みを続けることで、自然も地域経済も守られるのです。日本の里山のような考え方は、東アジアや東南アジアでも一般的に共有されています。
一方欧米では、農業を始めとする人の暮らしや営みは自然を破壊するものと捉え、自然を守るためには人を遠ざけることが必要だと考えている人も多くいます。現在、自然資本の目標設定のためのメソドロジーがSBTNで、開示のフレームワークがTNFDで検討されています。もし自然資本でも先行している気候変動と同様にグローバルな基準作りが欧米中心で進むと、人と自然の関わり方の思想の違いから、日本を含む東アジアや東南アジアの実態に合わないものになりかねません。
私は、里山は世界に通用する日本発の自然資本持続のコンセプトだと思っています。キリンは、自然資本のルールメーキングに関するグローバルなイニシアチブに積極的に参加することで、単に事業を自然から遠ざけるのではなく、人が適切に関与することで保全・回復される自然があることの理解と里山コンセプトの有用性を、世界に広げていきたいと考えています。

  1. LEAPアプローチによる試行的開示は、「キリングループ環境報告書2022」のP18を参照してください。https://www.kirinholdings.com/jp/investors/library/env_report/archive/
  2. 生物多様性の損失を止めて反転させ、回復軌道に乗せること。2021年イギリスで開催されたG7で「G7 2030年自然協約」が採択され、その中で「2020年比で2030年までに自然をポジティブに転換し、2050年までに完全に回復させる」ことが明記されている。
  3. 国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構のコミュニケーションネーム。約1700名の研究者を擁し、日本の農業と食品産業の発展のため、基礎から応用まで幅広い分野で研究開発を行う国内最大の研究機関。

FSC®C137754

担当役員メッセージ

2023年7月

  • キリンホールディングス株式会社
    常務執行役員
    (CSV戦略担当、
    グループ環境総括責任者)
    溝内 良輔

2022年は、モントリオールで生物多様性枠組条約締約国会議が開催され、昆明宣言に記載された世界の陸と水域の30%を保全地域にするという「30by30」が新たな世界目標として掲げられました。
現在、自然資本においても企業のバリューチェーン全体に関わるリスクと機会を評価し、気候変動のインパクトも鑑みながら対処していくことが求められてきています。自然資本とそれに影響を与える気候変動に統合的にアプローチするのは、かねてからのキリンのスタイルです。
私たちは昨年、「キリングループ環境報告書2022」の中で、「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」のβ版で提唱された「LEAP」アプローチに沿って試行的開示を行いました。LEAPは、自然との接点の発見(Locate)、依存と影響の診断(Evaluate)、リスクと機会の評価(Assess)、開示の準備(Prepare)の順に分析・評価することで、企業が自然資本に関するリスクと機会を理解する手法です。
LEAPは、製品の特徴を決める欠くことのできない農産物や水が「場所」に「固有」であり、「依存」していることを明らかにする優れたツールです。これまで関係性が複雑で説明することが難しかったスリランカ紅茶農園への持続可能な農園認証の取得支援の意義や、水リスク・水ストレスの異なる日本とオーストラリアで水資源へのアプローチが異なることなどを、LEAPの枠組みに沿ってシンプルに表現できました。2022年に同時に試行開示したSBTNの「AR3Tフレームワーク」についても同様のことが言えます。
2023年3月にTNFDとともにニュー・ベルジャン(アメリカ コロラド州)で、自然資本に関するシナリオ分析のモデルをテストし、その内容をTNFDフレームワークβ版v0.4やTNFD日本協議会主催のワークショップで公開しました。積極的にパイロットプログラムに参加することで、開示フレームワークをより実用的になるように貢献するとともに、早期に習熟度を高めていきます。
自然資本では合意されたシナリオはほとんど存在せず、自然資本に対する事業の依存影響関係は場所によって大きく異なるために、事業と自然の接点の特定から始める必要があります。キリンは自然資本の課題の分析や評価を網羅的に始めるのではなく、事業のマテリアリティを踏まえ、事業がコミュニティーと強い関係性を持っているところから一つ一つ、具体的な知見を生かして、TNFDのフレームワークやSBTs for Natureのメソドロジーの活用を進めていきます。本年の環境報告書ではTCDFのフレームワークをベースにTNFDのβ版の論点を加え、キリングループの環境経営を可能な限り統合的に説明しました。
「キリングループ環境ビジョン2050」のメッセージは、「ポジティブ・インパクトで、豊かな地球を」です。このメッセージの背景には「生への畏敬」というキリンの醸造哲学があります。原材料である農作物と水、酵母などの自然の恵みがあって初めてビールを醸造できます。“生”そのものに事業を依存しているからこそ、生命に敬意を払い、生命の力を謙虚に学ばなければならないという考え方です。自然の恵みに依存した当社の事業の持続のため、気候変動と同様に自然資本の持続でも世界をリードしていきます。