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STORY

ビールをおもしろくすることで、

見えてくる未来がある。

Special Movie

クラフトビール戦略

ビールといえば想像する、淡い黄金色とさわやかな苦味。けれどそのイメージは、日本における圧倒的な主流であるピルスナータイプがもたらしたものだ。ビールとは本来、もっと多様な魅力にあふれた飲みもの。その奥深さを伝えることこそ、これからのビール市場を切り拓くカギになる。5年目の社員の熱意が、キリン全体を動かしたクラフトビール戦略。そこには、ビールをとことん楽しむことで生まれる、ビールの未来がある。

※内容・登場社員の所属は取材当時

「Tap Marché」
営業支援

吉嵜 直己Naoki Yoshizaki

キリンビール株式会社
企画部 Tap Marché担当

「スプリングバレーブルワリー」
事業開発

吉野 桜子Sakurako Yoshino

スプリングバレーブルワリー株式会社
マーケティングマネージャー

クラフトビール「JAZZBERRY」
企画開発

古川 淳一Junichi Furukawa

スプリングバレーブルワリー株式会社
ヘッドブリュワー

ビールをつまらなくしているのは、誰だ。

 「どうしてうちでは、これができないのだろう」。色あざやかなクラフトビールの入ったグラスを傾けながら、吉野は考え込んでいた。
 一般的にクラフトビールとは、小規模な醸造所でつくられるビールを指す。職人の技とアイデアが込められた、まさに工芸品のように個性あふれるビールだ。吉野はこの日、クラフトビールに詳しい社内の醸造家に連れられて、勉強半分、気晴らし半分で飲みに来ていた。入社5年目。はじめはチューハイやカクテルの商品企画を手がけていたが、やがて念願かなってビール担当へ。その時、先輩からかけられた言葉を吉野ははっきり覚えている。「ビールはストライクゾーンが狭いから、つまんないかもよ」。……それ、キリンの人間が言っちゃいますか。かえって奮い立った吉野は、スペシャリティビール「グランドキリン」や、氷を入れて楽しむエール「アイスプラス」など、バラエティ豊かな商品を立て続けに世に送り出す。

 先輩の言い分は、ある意味では正しい。日本では、淡い黄金色と苦味でおなじみのピルスナータイプが圧倒的な主流だ。だが、その常識にとらわれているのは自分たちメーカーではないのか。ビール本来の幅広さ、奥深さを、ちゃんと伝えていないだけではないか。吉野はずっとそんな想いを抱えていた。世界には、多種多様なビールがある。カクテルのように飲み比べたり、自分の趣味によく合うものを選んだりする楽しさもある。クラフトビールはその代表例だが、日本の市場シェアを見ても、広く市民権を得ているとは言いがたい。だからこそ、キリンにできることがあるはずだ。

いざ、社長への直談判へ。

 それからしばらくのち。吉野はキリンビール社長(当時)である磯崎功典のもとへ直談判に向かった。手にしているのは商品の企画ではない。パブを併設したクラフトビールの醸造所。つまり、ビールの楽しさを発信する「場」をつくりたいというアイデアだ。ただし、予算、場所、スケジュールなど、具体的なプランは何もない。企画書の体裁にさえなっていない、紙芝居のようなプレゼンテーション。だが、想いだけはたっぷり込めた。「キリンにとって、ビールをただの『仕事』にしたくない。まるで工業製品のような、画一的なビールづくりから踏み出しませんか」。
 吉野の話にじっと聞き入ったあと、磯崎は言った。「わかった。どうせやるなら、すごいことをやってくれ」。想いは通じた。「SPRING VALLEY BREWERY(以下SVB)」プロジェクトが動き出した瞬間だった。

200回のプレゼン。100人の仲間。

 もともと「SPRING VALLEY BREWERY」とは、1870年、ウイリアム・コープランドが横浜に開いた醸造所である。コープランドはその隣に、日本初といわれるビアガーデンをつくった。吉野はその事実にならってプロジェクトに醸造所の名を引き継いだが、実は詳しい歴史まで知っている訳ではなかった。そういった歴史を教えてくれる人をはじめ、吉野にはたくさんの仲間が必要だった。事業計画を立てなければならないし、提供するクラフトビールも開発しなければならない。吉野は、社長に披露したのと同じ「紙芝居」をたずさえて社内を回り、仲間をつのるためのプレゼンテーションを繰り返した。その数、約200回。
 「そんなことをしている余裕があるのか」と言う声もあったが、多く返ってきたのは好意的な反応だった。SVBに関わるからといって、ふだんの業務を手ばなせるわけではない。つまり、仕事量はぐんとふえる。それでも、100名あまりが協力を約束してくれたのだ。「おもしろいことが始まりそうだ」。そんな予感が彼らを動かしたのだろう。「癒しのプロジェクト」。誰からともなく、プロジェクトはそう呼ばれるようになった。

 古川も、「癒しのプロジェクト」に加わった一人である。クラフトビール開発を行う醸造チームに、最年少で抜擢されたのだ。チームといっても、手を取り合ってビールをつくるわけではない。一人が1〜2商品ずつ、それぞれにアイデアを練って形にする。そのことでラインナップに個性を持たせ、選ぶ楽しみを最大化する狙いだ。
 「ワクワクできるクラフトビールをつくってほしい」。指示はこれだけ。古川は悩んだ。それまでも、課題解決型の仕事や技術開発はいくつかこなしてきたが、ビールのレシピをゼロから設計していくのは初めてだ。与えられた手がかりだって少なすぎる。けれど裏を返せば、それだけ自由度もやりがいも大きい。まだ30歳手前の自分が、爪あとを残すきっかけにもなる。「やってやろうじゃないか」。古川は、静かに燃えた。

「こんなの、ビールじゃない」。

 古川はまず、SVBの使命を自分なりに定義した。答えは「ビールの間口を広げること」。特に、ビールから縁遠いといわれている若い女性が楽しめるものにすれば、その使命はかなうのではないか。そのためには、一瞬で目をひく「ものめずらしさ」が必要だと考えた。とはいえ、奇抜なだけでおいしさが伴っていなくては意味がない。
 古川はフルーツを試すことにした。目の覚めるような色合いと、みずみずしい味わいをビールに加えたい。40種類ものフルーツを集め、ひとつひとつビールに足してみる。そこから7種類のベリーに候補を絞り込み、試作品をつくる。だが、社内で試飲会を開いてみると賛否はまっぷたつだった。フルーティさを純粋に楽しむ人もいれば、「こんなのビールじゃない」と突き放す人もいる。

 吉野ももちろん、試飲の場にいた。古川が、否定的な声も含めてありとあらゆる意見をメモしている姿を見て、心の中でエールを送った。だが、そのメモをあらためて見返して、古川はまたしても頭を抱えた。同じ要素に対して、ほめる人も、そうではない人もいる。それを変えたところで、一人ひとりの賛否が逆転するだけだ。すべての人がうなずくものなど不可能に思えた。
 いや。そもそも、全員をうなずかせる必要があるのか。ふと我に返った。ビールの間口を広げる。そのために、ビールへの関心がまだ低いお客様にも選ばれるものをつくる。思えばそれがスタートじゃないか。古川は、寄せられた意見をていねいに仕分けてみた。想定ターゲットである20〜30代の女性と、そうでない人の意見。すると、やるべきことが明確に見えてきた。「いけるかもしれない」。ターゲットにまっすぐ向き合うという、マーケティングの基本。そこに立ち返ることで、古川ははっきりと道を定めた。

キリンらしくないという、キリンらしさ。

 2015年4月。代官山に「SPRING VALLEY BREWERY」オープン。
 反響は、吉野たちの予想をはるかに超えていた。連日の大盛況。マスコミの取材も後を絶たなかった。吉野を特に喜ばせたのは、女性客の姿が目立ったことだ。ビールはまだまだ、ファンを増やせる。キリンにとっても心強い光景だった。
 慌ただしいながらも、おおむね順調に進んだかのように見えるプロジェクト。だが、ひとつだけ衝突があった。SVBには、外観にも内側にも「KIRIN」というロゴがほとんど見当たらない。「先入観を与えたくない。おもしろいビールが楽しめるという一点で興味をひいて、『じつはキリンでした』くらいの距離感にしたい」。それが吉野のこだわりだった。「せっかくのプロジェクトなのに、なぜ隠すようなことをするのか」。社内からは難色も示されたが、吉野は意志を貫き通した。だからこそSVBは、キリンのファンにかぎらない間口の広さを獲得できたのだろう。こうしたチャレンジを最終的には許してしまうのも、キリンらしさなのかもしれない。
 時間が経つうちに、興味ぶかい現象も起こった。SVBには「ビアフライト」という飲み比べセットがある。来店客の6割がまず注文する人気メニューだったのだが、やがて、一杯目からお気に入りのクラフトビールを指名する人が増えてきた。自分らしいビールを選ぶという、新しい楽しみ方が根づいてきた証拠だ。
 もちろんそこには、古川がつくりあげた一品も並んでいる。「JAZZBERRY」。ラズベリー果汁を加えた、美しいルビー色のビールだ。即興を楽しむジャズのように、その自由な取り合わせを楽しんでほしい。そんな古川の願いが、ネーミングに込められている。

SPRING VALLEY BREWERYスプリングバレーブルワリー

SPRING VALLEY BREWERYスプリングバレーブルワリー

キリンのグループ会社が運営する、パブを併設した醸造所。6種類のクラフトビールを中心に、限定醸造や実験醸造などのさまざまなビールと、それに合った食事が楽しめる。ガラス製の仕込釜や発酵タンクがあり、ビールづくりをすぐそばに感じられることも特徴。代官山、横浜、京都に実店舗があるほか、オンラインでもSVBブランドの商品を展開している。

ビールの自由を、ふだんのお店へ。

 2017年。クラフトビール戦略は、新たな展開を迎えた。「Tap Marché(タップマルシェ)」のデビューだ。
 SVBは、お客様に「足を運んでもらう」場所である。それだけにとどまらず、お客様の行きつけのお店にまでクラフトビールの楽しさを広げること。「Tap Marché」は、そのために開発された飲食店向けビールディスペンサーだ。これまでのディスペンサーと同じスペースで、4種類の異なったクラフトビールを提供できる。樽のサイズも3リットルで、カフェや映画館など、提供量が少なめのお店でも導入しやすい。
 お店に「Tap Marché」の魅力を感じ、導入に踏み切ってもらうには、まず営業メンバーがそのすばらしさをしっかりと理解し、説明できなければならない。そこで、営業支援のために飛び回ることになったのが吉嵜である。「これは本気だな」。吉嵜はまず、ディスペンサーに詰め込まれた数々のイノベーションに舌を巻いた。その驚きは、すぐにプレッシャーに変わった。絶対に失敗させるわけにはいかない。
 吉嵜は営業支社に足しげく通った。営業上のリアルな問題点を洗い出し、丹念につぶしていくためだ。たとえば「Tap Marché」は、10種類以上のクラフトビールからお店が4種類を選んでセットできる。お店にも選ぶ喜びをもたらすシステムだが、展開当初はクラフトビールを扱ったことがない飲食店から「どのようにお客様に提供すればよいか」という相談を営業が受けることも少なくなかった。それらを解決するための提案資料を準備し、商談の場にも何度も足を運んだ。
 その努力が実った。「Tap Marché」は、年初目標である1000店舗導入を、デビュー半年後の10月にはやばやと達成したのだ。「Tap Marché」の初期展開エリアとなった1都3県において、クラフトビールを提供する専門店は150店ほどだと言われていた。それをはるかに上回るお店に、クラフトビールの楽しさが広がったことになる。

楽しむほど、ビールの未来は広がる。

 「Tap Marché」は、2018年の春から提供エリアを日本全国に広げる。「SPRING VALLEY BREWERY」は、横浜、京都へと拠点をふやした。吉野の想いからはじまったクラフトビールの潮流は、キリン全体を巻き込みながら、ますますその勢いをましている。
 「若者のビール離れ」が叫ばれるようになって久しい。市場自体も縮小傾向にある。だが、吉野はこう考えている。「お客様がビールから離れたわけじゃない。ビールのほうが、お客様から離れていったんだ」。ビールにはまだ、届けられていない楽しさがたくさんある。そこに振り向いてもらうには、キリンという舞台を利用しながら、まずは自分たちが思いきりビールを楽しむこと。プロジェクトを紐解くほどに、そんな姿勢が浮かんでくる。

Tap Marchéタップ・マルシェ

Tap Marchéタップ・マルシェ

4種類のクラフトビールを提供できる専用ディスペンサーによって、身近な飲食店でクラフトビールを楽しめる。一都三県での導入を経て、2018年春より全国展開。5000店舗への導入をめざす。SVBブランドのほか、提携先であるヤッホーブルーイングや、アメリカのブルックリン・ブルワリーなど、さまざまなクラフトビールがラインナップされている。

吉嵜 直己Naoki Yoshizaki

キリンビール株式会社
企画部 Tap Marché担当

2010年入社。入社以来、営業部に所属。飲食店向けと量販店向けの両方の営業を経験し、特に量販店向けは5年以上の経験を持つ。2017年の1月より、現部署である企画部へ異動。 いまは「Tap Marché」のこれからを支えるプランニングを手がけつつ、今後は、このようなプロジェクトを自分の手で立ち上げるのが夢。

吉野 桜子Sakurako Yoshino

スプリングバレーブルワリー株式会社
マーケティングマネージャー

2006年入社。営業を経験後、マーケティング部に異動。チューハイやカクテルなど、RTDと呼ばれる商品群を手がけたのち、ビールの開発担当へ。社内はもちろん、各地の醸造家とも協働しながら、クラフトビール戦略の立役者として活躍中。多忙な仕事のかたわら、中学時代から続けている演劇活動でも脚本を手がけている。

古川 淳一Junichi Furukawa

スプリングバレーブルワリー株式会社
ヘッドブリュワー

2009年入社。技術開発部、生産本部と異動しながら、一貫してビールの醸造に関わりつづける。クラフトビールに携わる直前には、岡山工場にて「いまの1000倍くらいの量」のビールづくりを支えていた。本人はもちろん、友人にもビール好きが多く、「JAZZBERRY」開発にあたってはさまざまなヒントをもらっている。

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