ところが、2010年、この技術は存亡の危機に見舞われます。キリンにおける全体戦略の見直しが行われ、アグリバイオ事業は外部譲渡することが決まったのです。2012年には、栃木の植物開発研究所も閉鎖となり、植物開発の研究テーマは消滅の危機を迎えました。
「技術開発をやめてしまうのは簡単です。しかしこの技術には、開発に携わってきた多くの人々の想いが詰まっています。私は、なんとか技術をつないでいきたいという気持ちでいっぱいでした。幸い、社内外からの評価が高かったこともあって、事業を譲渡した後も開発を続けることができました」
キリンの植物大量増殖技術は、それまでは一切、外部に公表していませんでした。特許出願も限定的で、事業のために秘匿していたのですが、2013年に初めて学会発表に踏み切りました。これが大きな注目を得たのです。
冒頭で紹介したように、マイクロチューバー法と袋型培養槽を用いたジャガイモの大量増殖技術は、日本の種イモ生産の中核機関である種苗管理センターに技術移転され、今後、順次、イモ生産への活用が検討されることにもなりました。
「ジャガイモは自給率の高い、日本にとって非常に重要な作物です。キリンがこれまで外部導出したことのなかった袋型培養槽の技術を今回提供したのは、2015年に、長年、日本への侵入が危惧されていた重要病害が初めて発生してしまったからです。原因は、ジャガイモシロシストセンチュウという害虫でした。この病害虫に抵抗性のある品種は少なく、抵抗性品種の急速な種イモの増殖が危急の課題となり、キリンの技術の活用が検討されることになりました。食料は国力の重要な源泉の1つであり、自給率の高いジャガイモの保全と発展にキリンの技術が貢献し得ることは、非常に意義の大きいことだと思っています」