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微生物制御に革新!「ナノサーチ技術」で、困難だった芽胞(がほう)形成細菌の耐熱性をすばやく測定

研究・技術開発インタビュー

食品や飲料に危害を及ぼす細菌の制御は、非常に重要な課題です。キリンビバレッジ コア技術研究所の中西弘一ナノサーチ研究グループ代表は、非常に高い耐熱性を持つ芽胞(がほう)形成細菌の「殻の硬さ」に着目。金属やプラスチックの素材や半導体などの電子部品の品質検査に使われるナノサーチ顕微鏡を応用し、簡単・迅速に測定する画期的な方法を編み出しました。

中西弘一(なかにし・こういち)
キリンビバレッジ(株)コア技術研究所 ナノサーチ研究グループ代表

東京大学農学部卒(微生物利用学専攻)。1976年キリンビール入社。農学博士号を取得した「固定化酵母によるビール連続醸造の開発」(1990年)、「高クロロフィル含有クロレラ株の育種と高密度連続培養法の開発」(1999年)など数々の業績を残す。後者は、世界最高のクロロフィル含有植物キリンクロレラM207A7としてギネス世界記録になった。現在は、ナノサーチ技術の開発のほか、農水省研究の調査委員としてクロレラなどの微細藻類を研究中。企業内技術士(生物工学専門)として、技術的なコンサルティングも積極的に行っている。

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芽胞形成細菌とは何か

芽胞の構造

研究の発端となった、芽胞形成細菌とは何でしょうか。聞き慣れない名前ですが、清涼飲料に限らず、食品や医薬品を製造する際に最も制御が必要な微生物の一つです。というのも、この細菌は、栄養状態や生育環境が悪くなると、図のように、「芽胞(がほう)」と呼ばれる耐久性の高い器官を形成し、休止状態に入って生き延びようとするからです。芽胞は、植物でいえば種子のようなもので、熱や薬品、乾燥に強く、通常の加熱殺菌では死滅しないものもあります。そして、条件が整えば休止状態から復活し、増殖して危害を及ぼすのです。

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旅行先で見つけた堅焼せんべいが着想のヒントに

微生物実験室で、芽胞形成細菌のサンプルを準備する中西

中西は、キリンビバレッジの研究所に赴任した2003年から清涼飲料の微生物制御に関する業務に携わり、2008年から、ナノサーチ研究グループ代表として、芽胞形成細菌の耐熱性を測定するための研究を始めました。

「従来の測定方法は、菌を分離・単離して培養し、芽胞を形成させなければならず、1~2カ月もかかります。そのうえ、非常に難しい。菌の種類によっては分離・培養方法が分からず、加熱処理にも熟練した技術が必要です。実際にやってみて、これではダメだと限界を感じました。もっと簡単に、短時間で評価ができる画期的な方法を開発したいと強く思ったのです」

これまでとはまったく原理の異なる方法で、芽胞の耐熱性を測るにはどうすればいいか。そこで気づいたのが、芽胞形成細菌特有のジピコリン酸(DPA)という物質です。調査を重ねた結果、下の図のように、DPAの作用で芽胞の水分が抜け、緻密で硬い構造になることが分かってきました。

「この硬さが耐熱性に関係しているに違いない!と直感しました。耐熱性を測るには、硬さを測ればいいんだと。これが、その後につながる最初の大きなポイントでしたね。ヒントになったのは、旅行先の伊賀上野で見つけた名物の堅焼きせんべい。非常に日持ちが良く、伊賀の忍者が保存食として食べていたものだそうで、とにかく硬くて歯が立たなかったんですよ」

芽胞の耐久性(硬さ)が生じるメカニズム

芽胞には、ジピコリン酸(DPA)という特有の物質があり、これがカルシウム(Ca)と結合することで水分(H2O)が抜けて凝縮し、硬くなる

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芽胞の硬さを測るには? ナノサーチ顕微鏡との出合い

硬さを測るといっても、どのような指標で微小な芽胞の硬さを測ればよいのでしょう。再び試行錯誤を重ねる中、第2のひらめきが訪れました。「ヤング率」を指標とするというアイデアです。ヤング率は、素材の評価や品質管理に使われる走査型プローブ顕微鏡(SPM)を用いると、ナノレベルで測ることができる可能性があることが分かってきました。これを芽胞に応用してみようと考えたのです。それまで生物分野にはおそらく取り入れられていなかった技術ですが、普段から社外や異分野の人と積極的に交流し、大いなる興味をもっていろいろな話をするよう心がけてきたことが、こうした知識や発想につながったと中西は言います。

「SPMの面白さは、カンチレバーという部品の先端にナノレベルの探針がついており、1つ1つの試料の表面に近づけて触るようにしながら、表面と探針との力学的、電磁気的な相互作用を検出しながら走査する点にあります。これを使えば、1個の芽胞の物理的評価ができるはずだとインスピレーションが湧いたんですね」

走査型プローブ顕微鏡の先端

超微小な探針のついたカンチレバー
写真中のバーは1mmの大きさを表す

走査型プローブ顕微鏡(SPM)の構造

ヤング率は、下の図のように、芽胞の表面にカンチレバー先端の探針を押し込むことで測ります。

硬さ(ヤング率)の測定原理

ナノサーチ顕微鏡本体部分。パソコン操作でレンズ部分が回転し、3つの機能が入れ替わる

ただし、問題が残っていました。SPMを使うには、まず、1つ1つの芽胞がどこにあるかを探し出さなければなりません。中西は、SPMを開発している島津製作所に何度も通いました。そしてついに、光学顕微鏡、レーザー顕微鏡、SPMの3つを1台に組み込んだ島津製作所の「ナノサーチ顕微鏡SFT-3500」にたどりついたのです。これは、光学顕微鏡を使って芽胞のある場所を絞り込み、レーザー顕微鏡で目指す1個の芽胞を探し出し、SPMのカンチレバーを当てて測定するという優れた使い方ができ、初めて芽胞の硬さが測定可能となりました。

「例えていえば、野球場で1個のボール(芽胞)を探すようなものです。光学顕微鏡で一塁側スタンド、レーザー顕微鏡でフェンスから3列目へと絞込んでいき、ボールを見つけてバット(SPM)で押さえたら『タッチ!(鬼ごっこ)』というイメージです」

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仮説を検証! 硬さと耐熱性には相関関係があった

ヤング率の計測結果をパソコン画面で確認し、情報を読み解く

こうして、ヤング率を測定した結果、芽胞の硬さと、その菌の耐熱性には高い相関関係があることが分かりました。この方法を使えば、従来のように菌を培養して芽胞を形成させるという作業が不要になり、測定時間を大幅に短縮することができます。

「島津製作所の方も、こんな使い方があったのかと驚き、喜んで協力してくださいました。その後さらに改良したこの顕微鏡に、特製エンブレムをつけてくださったほどです」

芽胞の硬さ(ヤング率)と耐熱性の測定結果

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ますます発展する「ナノサーチ技術」の可能性

国際微生物学連合2011会議での発表

中西は、こうして編み出した技術を、島津製作所の開発した「ナノサーチ顕微鏡」から名前をいただいて「ナノサーチ技術」と名づけました。

「ナノサーチ技術の定義は、『走査型プローブ顕微鏡(SPM)を用いて、微生物1個の物性をナノレベルで短時間に計測し、微生物の性状を評価する革新的な技術』です。この技術は、ヤング率の計測だけでなく、今後、大いに発展していきます。今はまだ、その第一歩。現在も、さらなる進化に向けて研究を進めていますよ」

2011年の飲料製造技術展(BEVTEC)でも多くの注目を集めた

ナノサーチ技術の研究成果は、業界団体や、応用分野の学会でも大きな反響を呼んでいます。2009年日本農芸化学会大会では、約3000のテーマのうち29テーマしか選ばれないトピックス研究に輝き、2010年日本清涼飲料研究会では研究会賞を受賞しました。世界的にも新しい分野だけに、さらなる注目が期待されると中西は語ります。

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研究はエンターテインメント。面白さとインスピレーションが大事

中西ならではのユニークな着眼点や発想なくしては、なし得なかったともいえる今回の研究成果。その発想力の源がどこにあるのか、最後に聞きました。

「自分ではよく分かりませんが、異分野の人と積極的に交流し、互いの専門分野の情報を交換して、生きた情報を得ることでしょうか。絵や俳句、短歌などの趣味も大切にしています。あとは、ポジティブ思考で、何でも面白がることかな。研究はエンターテインメント。自分も他人も面白いと思えなければ、大した研究にはならないんですよ」

2010年、カルビン・ベンソン回路を発見した著名な化学者であるアンドリュー・ベンソン博士と言葉を交わしたことが忘れられないといいます。

「彼は94歳で現役です。私は、研究でハッピーになるには何が大切でしょうか、と尋ねました。彼は、その質問をとても気に入ってくれ、こう教えてくれたんです。“Too much interesting and more inspirations”と。やはりそうか、と確信しましたね。キリングループの良さは、スピード感があり、『他人のやらない、新しいことをやれ』と研究させてくれる懐の深さにあると感じています。これからも、ナノサーチ技術の発展のために、楽しみながら力を尽しますよ」

目に見えぬ 細胞の神秘 解き明かす 夢はナノサーチの技を駆使して(作 中西弘一)

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