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第43回江田賞受賞記念!
「ビール酵母」その尽きせぬ魅力を語る(その1)
──商品開発、技術開発、醸造のブラックボックスを解明する立場から

研究・技術開発インタビュー

ビールは、麦芽とホップを主な原料として、酵母の働きにより造られます。自然の力を最大限引き出すことで、おいしいビールが生まれるのです。発酵貯蔵工程では、主役となる“ビール酵母”の活躍次第で、ビールのおいしさが決まります。知れば知るほど面白い“ビール酵母”の世界を、最前線で活躍している3人に聞きました。2回に分けてご紹介します。

写真左から
吉田聡(よしだ・さとし)
キリンホールディングス(株)フロンティア技術研究所 研究開発担当 主任研究員

善本裕之(よしもと・ひろゆき)
キリンビール(株)技術開発部 酒類技術開発センター 主査(酵母発酵グループリーダー)

吉崎成洋(よしざき・しげひろ)
キリンビール(株)技術開発部 酒類技術開発センター 技術員(酵母発酵グループ)

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酵母は、ビールの味や香りが決め手

キリンビールは、より高品質でおいしいビールをお客様にお届けするために、長年にわたってビール酵母の技術開発に取り組んできました。ビール酵母を大切にしているからこそ、工場での醸造技術や、商品開発での技術開発の取り組みを日々精力的に行っております。また、同時に、醸造のブラックボックスを解明しながら、原理原則に基づいた技術開発も目指しています。その研究成果は高く評価され、2010年には、2000年に引き続き、ビール酵母の研究としてはグループで2度目となる日本生物工学会生物工学奨励賞(江田賞)受賞を果たしました。では、実際のビールづくりにおいて、ビール酵母はどんな役割を担っているのでしょうか。

善本
ビールは、下の図のように、「製麦」「仕込み」「発酵」「貯蔵・熟成」「ろ過」という流れで醸造します。この「発酵」の工程で、酵母は麦汁の糖分を分解し、アルコールと炭酸ガスをつくる重要な役割を果たします。この工程でビール特有の味や香りがつくられ、「貯蔵・熟成」の工程で調和が整いますが、この味や香りを左右しているのも酵母です。そのはたらきが適度であれば人に好ましい香りや味が生まれますが、酵母のはたらきの中には、人にとって好ましくない味や香り(オフフレーバー)を生じるものもあります。そのバランスが難しいところです。
吉崎
私たちの使命は、安定して高品質のビールをつくり続けることです。そのためには、ビール酵母をうまく制御することがとても大切です。ところが、酵母は、もともと自然界に存在する生物ですから、細胞の中でさまざまな営みを行っている。それを人間がコントロールするのは並大抵のことではないんです。酵母には、まだまだわからないことが多いだけに、実験や研究が欠かせません。

ビール醸造の流れとビール酵母の働き

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数百種類ものビール酵母を「酵母バンク」にストック

「制御が難しい」と2人が話すように、ビール酵母の扱いは一筋縄ではいきません。酵母には非常に多くの種類があり、細胞内の代謝や、つくり出す味や香りなどの性質が異なります。これは、同じ種類のビール酵母でも、発酵温度や通気、原料とのマッチングなどの条件によって引き出される性質が異なるからです。

試験醸造設備で、発酵の様子を確認する吉崎技術員

善本
私たちが働いている酒類技術開発センターには、様々なサイズの試験醸造設備があり、実際にビールを試作しながら、酵母に関する様々な技術開発を行っています。新商品に使用される酵母は、約600種類のビール酵母をストックしている「酵母バンク」から選ばれます。これらは、キリンビールの100年に及ぶビールづくりの中で、世界中から収集した、ビールのための「個性豊かな酵母」です。この「酵母バンク」を主に担当しているのが、ここにいる吉崎技術員です。
吉崎
具体的には、新商品を開発する際などに、それぞれに適した酵母を、「こんな酵母がありますよ」と提案できるようにしています。酵母は生き物なので、取り扱いはデリケートで、かつ奥が深い。その中で、先輩たちから受け継がれてきた酵母菌と知見を少しずつ発展させて、いかに品質の良いビールづくりに生かすかが、この仕事の面白いところですね。

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ビール酵母の種類や特徴は?

キリンビールの酵母バンクには、ビール酵母がおよそ600種類ありますが、いくつかのグループに分類できます。どのようなグループに分かれ、特徴があるのでしょうか。

酵母の種類やはたらきによって、ビールの味や香りが違う。興味は尽きないと語る善本主査

吉崎
ビール醸造に用いられる酵母には、大きく分けて、上面(じょうめん)発酵酵母と、下面(かめん)発酵酵母という2つのグループがあります。日本で主流になっているのは下面発酵酵母。低温で発酵させるラガータイプで、色が淡く透き通ったピルスナータイプのビールに使われます。一方、比較的高温で短期間発酵させる、イギリスのエールやドイツのヴァイツェンなどには上面発酵酵母が使われます。果実や花のような個性的な香りが特徴のビールですね。
善本
上面発酵酵母は、糖を食べ尽くして発酵が終わる頃、上のほうに浮いてくるので、この名前がついています。一方の下面発酵酵母は、発酵が終わる頃、酵母同士が固まって沈みます。これを凝集といいます。この性質は、連続して使用する下面発酵酵母では重要な醸造特性の一つです。

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未知の領域が多いからこそ、興味が尽きない

吉田
下面発酵酵母には、パン酵母より細胞が大きいという特徴がありますね。
それは、遺伝子(DNA)の数がパン酵母より多いことも関係しているんですよね。
善本
下面発酵酵母は、2種類の酵母が合わさってできている雑種だといわれています。それで遺伝子の数も多いんですね。ですから、他の酵母に比べて、生物としてより複雑になっているといえるでしょう。その複雑さゆえに、下面発酵酵母の醸造特性が生み出される。そのメカニズムを少しでも理解したいというのが、ビール酵母にかかわっている者全員の想いでしょう。奥が深く、わからない。だからこそ追及したいという興味をかきたてられるところですね。

吉田
とくに下面発酵酵母は、まだまだわからないことのほうが多いですよね。
未知の部分が多い。
善本
その中で酵母を制御していくのは非常に難しい。発酵経過を見ていても、日々、さまざまな違いが発生します。それは“なぜ”だろうという疑問を大切にしながら、ビール酵母の性質や原理原則に立ち返り、醸造のブラックボックスを解明しながら、必要な技術開発を一歩ずつ進めていくのが私たちの日常です。
吉田
ビール酵母に限らず、意外と人間に似ている点も、酵母の面白いところですね。実際、プリオン感染やがん研究などのモデル生物にもパン酵母が利用されていますよね。
善本
単細胞とはいえ、酵母はヒトと同じ真核生物で、寿命もあるし、アポトーシスの様な能動的な細胞死もあります。酵母は繊細で、発酵温度、アルコール濃度、栄養源飢餓などのストレスによって発酵のしかたも変わります。例えば、酵母の周りに栄養がなくなってくると環境変化に応じて、酵母自身が危機管理を行います。まずは必要な栄養源を自ら合成し、それができなければ、不必要な働きを停止します。それでも更に栄養環境が悪くなれば、自らを分解し、結果的に他の酵母の栄養源となることで自分の種を残そうとします。高等生物のようなさまざまな営みが酵母にもあるというところが実に興味深く、神秘的に感じられます。

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人間と同じく、ユニークかつ多様な酵母の“個性”

善本
2種類の酵母が合わさったビール酵母の複雑さについて、一例を挙げましょう。日本酒の吟醸香でも知られる、「酢酸イソアミル」という香りの成分があります。清酒酵母の場合、この成分を生成する遺伝子は1種類なのですが、ビール酵母の場合は、1つの酵母の中に似たような2種類の遺伝子が存在し、機能しています。このような2つの遺伝子が共存して、そのはたらきがどう違うのかはまだ十分にわかっていません。同じ細胞の中で2種類の遺伝子が共存して機能している、極めてまれな生物であると言えます。ビール酵母には、そういった奥深さや複雑さがあるわけです。
吉崎
この研究で、善本さんは第33回の江田賞を受賞したんですよね。そして10年後の今回、吉田さんが第43回の江田賞を受賞。醸造上の様々な現象のメカニズムを解明しようとする取り組みが高く評価されたのはうれしいですね。

第43回江田賞を受賞。遺伝子レベルで酵母の解明に挑む吉田主任研究員

吉田
ビール酵母の面白いところは、遺伝子的に見るとどれもすごく似ているんですね。人間も、遺伝子を見るとほとんど同じで、基本的な生命現象も変わりませんが、人によって個性が違い、環境の影響も大きく受けます。酵母も同じように、いろんな酵母がいろいろな個性をもっていて、環境によって現れかたが違ってくる。その点も、とても興味深いです。
吉崎
600種類のビール酵母の中には、兄弟のような酵母もいるでしょうし、特別にユニークな酵母もいるでしょうし(笑)。
吉田
その個性の違いがどこから来るのか、何がそうさせているのかがわかると面白い。非常に興味のわくところですね。

重要な役割を果たしながら、複雑で、ブラックボックスの部分が多く、だからこそやりがいや手ごたえを感じられるビール酵母の研究。次回の第2部では、ビール酵母を制御して高品質のビールをつくるために、実際にどのようなことが行われているのか、3人の仕事を通じた取り組みをご紹介します。お楽しみに。

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プロフィール

善本裕之(よしもと・ひろゆき)
キリンビール(株)技術開発部 酒類技術開発センター 主査(酵母発酵グループリーダー)
1992年入社。工学研究科博士課程修了(工学博士)。学生時代から酵母の研究を手がけ、入社後は基盤技術研究所(現・キリンホールディングスフロンティア技術研究所)にて研究に従事。1999~2001年、米国スタンフォード大学に留学し、DNAマイクロアレイ解析技術を用いた酵母研究に従事。2000年、「酵母における酢酸エステル生成制御機構の解明」の研究で日本生物工学会第33回生物工学奨励賞(江田賞)受賞。その後、技術戦略部研究企画担当、キリンビール醸造研究所(現・酒類技術開発センター)発酵チームリーダーを経て、2010年より現職。主に酵母や発酵関連の技術開発を担当している。

吉田聡(よしだ・さとし)
キリンホールディングス(株)フロンティア技術研究所 研究開発担当 主任研究員
1994年入社。理学部植物学専攻博士課程修了(理学博士)。日本学術振興会特別研究員。大学院時代から酵母の研究を手がけ、入社後は、ビール酵母のゲノム解析やビール酵母硫黄系代謝物の制御などの研究に携わる。2010年、「メタボロミクスを利用した下面発酵酵母の育種」の研究で日本生物工学会第43回生物工学奨励賞(江田賞)受賞。現在、酵母による物質生産系の開発やメタボローム解析を用いた酵母の代謝解析などの研究テーマに取り組んでいる。

吉崎成洋(よしざき・しげひろ)
キリンビール(株)技術開発部 酒類技術開発センター 技術員(酵母発酵グループ)
1997年入社。農芸化学専攻博士課程(前期)修了。生命現象の解明に興味があり、お客様に近いメーカーで生かせる仕事に就きたいと思い入社。京都工場、千歳工場で醸造担当に従事した後、2002年より醸造研究所発酵グループ、2004年より原料資材部原料担当。2008年、岡山工場で再び醸造を担当し、2010年より現職。現在は、酵母バンク管理ならびに発酵、酵母関連技術開発を主に担当している。

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