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飲みものからくらしを考える

Vol.13 『ゆっくり、いそげ』もう一つの経済の地平線

西国分寺の駅の近くにある喫茶店クルミドコーヒー(2008年10月オープン)の店主影山さんにお話を伺いました。今では大勢の人が来る人気店ですがはじめた当初はがらがらだったと言います。コーヒー1杯が650円する、決して安い店ではありません。駅のすぐ目の前にはその3分の1の価格の喫茶店もあるのですが、しかし今では多くの人がこの店に足を運んできてくれます。それはこのお店にきたくなる魅力があるからです。その魅力はなんなのか、そしてどうしてそうしたことを人々は感じるのか。その理由は、影山さんの哲学にありそうです。影山さんは、喫茶店店主という顔だけでなく、新しい経済や社会の仕組みを俯瞰的にも考え、小さく足元からそのための活動を数多く行ってもいます。そんな彼の考え方や活動をお伝えして、私たちがこれからの社会のあり方を考える契機になればと思います。

クルミドコーヒー店スタート

決して広くはない店内、しかしそれぞれ場所に思い入れと工夫が凝らされています。

スタートは2008年の事、自宅の建て替えにあたってその建物をコレクティブハウジング(*1)にしようと考え、その1階をコーヒー店にしようと考えました。特に始めのきっかけはコーヒーが好きとか喫茶店をやりたいといかいうわけではなく大家として関われるビジネス程度でした。しかしそれが今では天職だとも思えるようになりました。コーヒーの中には全てがつまっている。文化を作っていくのだとも思っています。

  1. *1 影山さんはNPOコレクティブハウジング社の代表理事を務めていた時期もありました。コレクティブハウジングとはひとつの住宅に様々な人たちが一緒に住んでリビングやダイニング、キッチンをシェアする仕組み。多世代の人たちが一緒に住みながら、共に暮らしをつくっていきます。日本では1988年ぐらいから登場。NPOコレクティブハウジング社はそうしたコレクティブハウスを専門に事業化、運営する組織で、これまでにコレクティブハウスかんかん森、コレクティブハウス聖蹟などのプロジェクトを実現してきました。

お客さんを受け止める

一般的には、喫茶店は、お客がくればくるほど儲かるという経済活動の手段として考えることができるでしょう。しかしそうではなく、お客側の視点に立って見て、いらしたお客さんが来た時より帰る時に元気になって帰ってほしいと考えました。そのことを「癒し」と「鼓舞」という2つの言葉で表現します。
今の時代は、人は常に何かを試されていると感じて過ごしています。
この店では、まずはお客さんの存在を、そのままの状態で受け入れるということをしたいと考えました。そこで、私たちはお客さんをどう迎え入れるか、お店に入って来たお客さんに正対して、何か作業をしていたとしても少なくとも気持ちだけは正対して、その人をいったん受け止めて、その中で自分からわいてきた言葉をかけることにしました。いらした方に「自分はここにいてもいいんだ」と思ってもらいたい。ここはちゃんと受け止めてもらえる、自分は自分でいいんだということを思ってもらいたいと。入口で、最初の部分でお客さんを受け入れられるかどうかというところが、自分たちの生命線なのです。

本物を使う

店づくりの時に壁や床、テーブルなど内装の素材には本物をできるだけ使いたいと。偽物に囲まれると、「ああ、自分ってそんなものだ」と思わせてしまいます。ちゃんとしたものを使うとか、ちゃんとした仕事のものに触れられると、「私たちはあなたのことを大事にしていますよ」という風に相手に伝わると思うのです。ここに来て座れば、普段出来ない会話や、少し背伸びしたことが言えたりすると良いとも思っています。昔、ステテコ禁止の外観ということをブログで書きましたが、あそこはステテコでは行けないなというように、そしてここに来るとスポーツ紙ではなくてトルストイでも読みたい気持ちになるな、なんて思ってもらえるたら面白いなと。
今スタートしてから7年が過ぎ、お客さんは累計で23万人にもなりました。西国分寺までわざわざ来て下さるという方が1+1+…と積み上がってここまできたのです。

出版を始める

『10年後、ともに会いに』寺井暁子著
クルミド出版で出版された本

たまたま寺井さん(『10年後、ともに会いに』著者の寺井暁子さん)とはTwitterでつながっていて、ある日クルミドコーヒーにやってきました。いろいろ話しているうちに「原稿色々書き溜めているんです」という話を聞いて、だったら本をうちから出そうということになったのです。

最初は軽い気持ちで言ってみたのですが、やってみたらホントに大変で…。400ページ以上の本なのですが、それを2人で1行1行編集をやっていったのです。
こうした背景にはカフェという文化への思い入れもありました。パリのカフェには文学賞の舞台になっているカフェまであると(カフェ・ドゥマゴ)。かつてのカフェには色々なアーティストがいました、ピカソとか、ヘミングウェイとか。当時のカフェには、ある意味異端児と言うか、居場所がないような人がいて、そこで会う人たちと切磋琢磨して色々と文化が生み出されていったという歴史があることを知って、そういうパリが歩んだ道を、自分たちがたどれるかもしれないという思いもあって、喫茶店を立ち上げた経緯もあります。

650円のコーヒー

カフェって、ちっとも儲からない仕事です。かつて動かしていた金額の単位と比較すると、今は100円玉を積み上げていくような感じですが、でも儲からないですけど、続けていくくらいにはやれます。その要因はひとえには価格です。みんなからは、西国分寺で650円のコーヒーなんて絶対成り立たないと言われました。私も最初はそう思っていたくらいですが、続けてきた今、3倍の値段を払っても構わないという人が、少なくとも一つのお店を支えてくださるくらいにはいるということを確信できたのです。同じように本の出版も、少し高くなってしまうかもしれないけれど、時間と手間とをかけるやり方を選びました。そして本屋でなくカフェの店頭で売れば、流通の経費が抑えられるのではないかと。寺井さんの本の販売はまもなく1,000部になります。本もコーヒーと同じようにひとつひとつ積み上げていくという感じです。

結婚しない、子どもを持たない、孤立化の時代

お店の中に置いてあるくるみとくるみ割り。
「おひとつどうぞ」

今は結婚しない人、子どもを持たない人、そして一人で暮らしている人が増えています。多くの人が人間関係で悩み、人と関わらない方が楽と考えているようにも見えます。サードプレイスという言葉がありますが、日本の場合は、独りになれる場所ととらえる方が多いでしょう。それもひとつカフェの役割だとは思いますが、でも人に関わるっていうことを、もっと前向きに考えて欲しいのです。そのことが理解できればもう少し、結婚したり子供を育てたりすることを前向きに考えられるようになるのではないかと思います。僕が関わらせてもらったコレクティブハウスでは出生率が高くなる傾向があります。周りの人に子育ての相談に乗ってもらえるという環境があるのもその理由かもしれません。実は、コミュニティへの課題を抱えている人たちがひとつの場所に住まうと、自分が困っていることのために利用しあうということになってしまって、良いコミュニティが育たないことにもなりかねません。ですが、私たちは、お互いを利用し合うのではなくて、支援し合う関係でいようと話しています。そういう関係ができあがっていくと、もっと積極的に人と関わりあえると思います。多くの人が関わることに疲れてしまっているのは、常に試されているという事、利用の価値があるかどうかと試されるからなのです。

ギブから始まる社会を目指して

お店とお客さんって、どういう関係なのだろうという問から始まったんですが、突き詰めると、私とあなたという関係だと気付いたのです。そこでお互いを利用し合うのでなく、あなたのために何ができるか、ということを考えることが大切なのだと思いました。先のコレクティブハウスも同じようなことが言えます。結婚というものもそう思います。先日見たとある雑誌では、結婚もコスパの時代と書いてありました。結婚というものを自分の利得と言うことを基点に考えているのですね。でも、それは違います。相手を”利用しよう”として考えるから、お互い喧嘩になってしまうのです。夫婦はどこまでいっても他人だし、本人がどう生きたいかということは、本来本人が決めること。コントロールできるものではありません。そうなりたい相手にどれだけサポートできるかという考えになれば、大分夫婦の関係がかわるでしょう。身長・年収などの条件を色々とコスト安く手に入れるというようなことではないのです。

地域への取り組み

今のクルミドコーヒーの取組も小さい規模でよいとは思ってないんです。こういった活動が、国分寺エリアにもっと広がっていって、こういう経営のやり方もあるんだ、ということを示せると、ティッピングポイントというか、今まで作ってきた社会や経済の原理原則が変わる瞬間が、いつか訪れるのではないかと思うのです。今はそういう一石を投じることができたというところです。しかし今後は、自然な速度で、今までの活動をもっと育てていきたいのです。
最近、自分たちが「外れ値」になれないか?ということを思っています。出生率でも、なぜか西国分寺は3.0あるとか、投票率もなぜか90%だとか。

地域通貨ぶんじとクルミド銀行

1 上が集合住宅になっています
2 店内の窓際のデスク、大きな窓に向かって静かに物思いに耽けったり、本を読んだりと。

その「外れ値」をつくる活動として「ぶんじ」という地域通貨を発行しています。使う時に1つだけルールがあって、必ずメッセージをその通貨に添えて書きます。今、9,000枚くらいが流通しています。お金はこれまでのパラダイムでは何かをテイクするための道具なんですけど、ぶんじでは人の仕事を受け取ったという感謝の表明としてお金を使います。そう考えると、お店はどうしたらありがとうと言ってもらえるかと考えるようになるでしょう。今25か所くらい国分寺にぶんじが使えるお店ありますが、それを使うことでお店の意識がどんどん変わっていきます。こういう、「受け手」が「送り手」を育てるということが起きると、頑張って仕事をしようってことになるのです。
ここは今カフェですが、コモンズというか。ヒトが集まって何かできるようなところを作りたいとずっと思っています。コモンズを考えるときに、「公・共・私」という視点がありますが、私側から起こってくる共というものをイメージしています。そして、それを受け止める場所としてカフェがあったらないいなと。クルミドコーヒーで言えば、ここを支えてくださっている人が、多分3,000〜5,000人くらいの単位でいると思います。西国分寺駅を中心にして、半径1KMくらいだと30,000人います。いきなり国のような大きさで考えるのではなく、一つの経済、一つの社会を考えるには十分なサイズです。コモンズが上手くいくためには、ギブから始めることです。よくシェアを直訳すると「分け合う」ということになりますが、それを「持ち寄る」、ということに言い変えてはどうかと言っています。ギブする・支援するということで集まるとモチベーションが全然違ってきます。ギブに切り替えると、結果的にお客さんも増えていくことにつながっていくのです。
これからの社会や経済で大切なのは、成長の尺度を全て売上で測らない、ということです。自分たちがつくりだそうとしていることが、お金でなかった場合な何なのか、ということを考えなければならないのかもしれませんね。株主総会で売り上げや利益が上がった下がったことを気にする人ばかりだと厳しいですが、資本主義システム自体を変えるようなことをやらないといけないと思います。実はクルミド銀行というのを作ろうと思っていて、地元のお店や企業をやろうとするときに投資ができるような銀行を作りたいと思っています。

今回の影山さんの取材、テイクではなくギブから行動するという考えが貫かれています。誰かを利用するのでなく支援していく事でお互いの関係性がかわっていくということ、そうした関係が幸せな社会をつくり、そのためのビジネスが循環していくという考え方です。壮大な理想に向かって一歩ずつ着実に動きながらも、数々の試みを並行しておこなっていく影山さんの力強さ、まさに『ゆっくり、いそげ』の意味が伝わってくるようです。「影山さんが目指す社会がすぐそこに来ているかもしれない」。クルミドコーヒーにいるとそのことが店の空気から伝わってくるから不思議です。みなさんも、ぜひ一度訪れてみてください。きっと何かの気づきがあるに違いありません。

プロフィール


『ゆっくり、いそげ』
2015年出版 大和書房

影山知明(かげやま・ともあき)
1973年西国分寺に生まれる。大学卒業後マッキンゼーを経てベンチャーキャピタルの創業に参画、その中でソーシャルベンチャーという社会的な価値を追求する事業体を応援するファンドを設立。そこで経済的な価値と社会的な価値の共存を生み出す仕組みを探すことを経験。今の仕事につながる大事な出会いは「NPOコレクティブハウジング」という活動。また個人の投資家のお金で挑戦する人を応援するミュージックセキュリティーズの役員でもある。利益を最優先する既存の経済の仕組みと、より社会的な幸せ像を追求していく経済の仕組みの両方の経験が現在の活動やビジョンに繋がっている。クルミドコーヒーは2008年設立、食べログ「カフェ部門」で全国1位になっている。

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