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飲みものからくらしを考える

Vol.12 移動カフェで無料のコーヒーをふるまう

No.05 豊田啓介
(noiz architects代表)
第一回発行を2014年6月に開始してからすでに5回の発行を終えているフリーペーパー「AWESOME!」

今回の取材は建築ジャーナリストの田中元子と大西正紀との2人のユニットMOSAKI。二人は建築系の取材やコラムを書くことを本業としながら、建築の楽しさを伝えることをライフワークとしています。その活動の幅は広く、2012年から始めた「けんちく体操」は多くの人に知られています。これは有名な建築の写真を見せたり、実際に見学したりしながらそのかたちを数人が一組になって模倣するものです。他にも建築に関する本を出版したり、フリペーパー「awesome!」も発行、その活動は精力的です。そんな二人が昨年から始めた移動式のコーヒースタンド。公園やビルの前の空地でコーヒーを無料で配るという活動です。

コーヒーは会話のきっかけ

この日、取材陣にオフイスのバーでコーヒを淹れてくれた。

このコーヒースタンドは時間をかけて丁寧に一杯ずついれるのがポイントと言います。その間にお客さんといろいろ話すそのやりとりの中に価値があるのです。なんで無料なの?そう聞かれることは多く、その時は決まって趣味だからと答えると言います。彼らにとって、みんなが、おいしいコーヒーを飲んで喜ぶ姿を見ることが、喜びであり楽しいのです。コーヒー100人分のコーヒー豆は3000円ほど。釣りに行くよりずっと安い趣味の一つだと言うのです。
この屋台を始めるきっかけになったのが、自分のオフィスにつくったバー、誰でも自由にやってきて無料で飲めるというこのバー。多くの仲間やその友人が集まり、楽しい時間を過ごすのだそうです。たまには友人だけでなく見知らぬ人も入ってきます。新しい出会いがあったり、会話の中から様々な発見があったり、そのバーを開いてから彼らは無料で何かを振る舞うことの価値を感じ始めたそうです。

幸せの原則

田中さんはこのことを、アルフレッド・アドラーの「幸せの原則」の言葉を引用して自分達の行動を説明してくれました。まず彼が提唱している、幸せの原則には3つあるそうです。

  • 自分を好きになること
  • 他者を信頼すること
  • 他者に貢献(社会貢献)すること

これを自分の趣味に置き換えてみたというのです。そうすると義務ではなく好きだからやるというポジティブな視点になります。そこが興味深いところです。
まず1つ目は自分のために好きな洋服を買うこと、2つ目は大好きな旅やバーベキューなどを通して他者との交流により信頼を築くこと、そして3つ目はこの無料の屋台だというのです。そしてこの2と3の間にあったのがバーの経験だったのだそうです。知り合いに混じって見知らぬ人も来るようになって、その人たちが喜んでくれることや、そこでの出会いが屋台を考えるヒントになったのだそうです。これらの活動は趣味だから対価を取らないのだと言い切ります。そして3つ目の屋台のコーヒースタンドの活動を通して、アルフレッド・アドラーの言葉が示すように、社会の人々を幸せにすることが自分の幸福であるということを深く感じるようになり、今は屋台を出すのが楽しくて仕方ないといいます。
多くの人にこの活動の楽しさを知って欲しいと思い、「自分の屋台をつくろう」というワークショップを行っています。参加者は場所を探し、どんなものを配るのかを考え、自分で屋台を自作し、実際に街に出てその屋台をだしてみるというのです。写真はそのときの様子です。花を配る、子供におもちゃをつくる、インドのチャイを振る舞う、誰でも入れるこたつを路上に設えるなど、様々なアイデアを凝らして楽しんでいたようです。写真を見せてもらいましたが、来場した人も本人たちも楽しんでいる様子がうかがえます。

ポイントはただ配るのでなく、渡すまでの間に一手間あり、その間に会話が行われることです。もらう方も渡す方も、そこに生まれるコミュニケーションの時間が必要です。こうした活動を通して彼らは「マイ・パブリック」という新しい考え方を提唱するようになります。パブリックスペースを他人のもの、公共のものと考えるのでなく、自分のものとして考え、そこに積極的に関わっていくと街は楽しくなるという考え方です。その考え方は彼らのオフィスにも表れています。神田の細い路地にある路面店舗なのですが、いつもガラスの引き戸を開け放ち、だれもが気軽に入れそうなオフィスです。とは言っても知らない人がいきなり入ってくるわけではなく、そこにあるパブリックとプライベートの微妙な境界線をどう変えていくのかというあたりに、彼らの関心はありそうです。

マイ・パブリックとマイ・パーク

彼らは、事務所の前の通りを「マイ・パブリック通り」と名付けて、自分のいる街をもっと楽しい街にしたいと言っています。例えば家の前にベンチを出すとか、お昼の時間はテーブルを出して、そこを通る人が楽しくなるように、そして会話が生まれるようにしたいのだそうです。通りだけではありません。近くの公園ももっと楽しくしたい、「今の公園はカッコ悪いし、楽しくないでしょ」と。公園や空き地、コインパーキングなどもっと人々の能動性を高めるしかけが必要だと考えているようです。
今彼らは新しい会社を構想しています。株式会社グランドレベルと言います。大きなビルの一階や公開空地をもっと楽しく、もっと人々が関われる空間を作ろうと考えています。ただ広いだけの大型オフィスビルの一階空間では魅力がありません。屋台の活動のように、通りすがりの人と積極的に関われるようなしかけや、そうしたことに興味のある人や企業を誘致していけば、オフィスビルの一階はもっと楽しくなるでしょう。そしてそれこそが公共空間のあるべき姿と言います。

無料だからこそ生まれるコーヒースタンドが生み出した「幸せのつくりかた」、そしてそこから発展したマイ・パブリックという考え方、さらにそれらをもっと公共空間や大型ビルの大空間のつくり方に生かしていきたいという彼らのビジョン。話を伺いながら、今の時代に失われたコミュニティーの可能性が垣間見えたような気もしました。
私たちもこの無料コーヒースタンドをやってみたいと思い始めています。みなさんはどのように思いますか。無料の何かのサービスを考えてみるのもいいかもしれません。そしてそのことを通して今住んでいる、あるいは働いている場所をもっと楽しくしていくのです。ご意見をお寄せください。

プロフィール

田中元子(たなか・もとこ)
1975年茨城県生まれ。独学で建築を学ぶ。一年間のロンドン生活を経て、2004年、mosaki共同設立。ライターとして活動.『mosakiのイベント巡礼』(2005-2008|日経アーキテクチュア)、『妻・娘から見た建築家の実験住宅』(2009-2011|ミセス・文化出版局)。主な著書に『建築家が建てた妻と娘のしあわせな家』(2014|エクスナレッジ)。

大西正紀(おおにし・まさき)
1977年大阪府生まれ。大学卒業後、渡英、海外設計事務所経験を経て。2004年、mosaki共同設立。編集を担当。『地域社会圏モデル』(2010|INAX出版)、『けんちく体操』(2011|エクスナレッジ)、建築家の絵本シリーズ(2011-|平凡社)、ウェブマガジン『雨のみちデザイン』(2012-|タニタハウジングウェア)などを編集。

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