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キリングループの歴史

  • 文明開花華やかなる明治の頃、ビールは「新時代の飲み物」でした。1888年の「キリンビール」の発売以来、時代がめまぐるしく変化する中でも常にお客さまの暮らしに寄り添い、あたらしい飲みものをお届けしてきました。このページでは、キリンビールを中心としたグループの歩みをご紹介します。
  • ジャパン・ブルワリー重役会議事録

麒麟淡麗〈生〉、キリンチューハイ氷結®、キリンのどごし〈生〉誕生

発売時の「麒麟 淡麗〈生〉」

発売時の「麒麟 淡麗〈生〉」

ライオンネイサン社

ライオンネイサン社

発売時の「キリンチューハイ氷結」

発売時の「キリンチューハイ氷結」

発売時の「キリン のどごし〈生〉」

発売時の「キリン のどごし〈生〉」

1997(平成9)年9月、当社は中期経営計画(1998〜2000年)を「ニュー・キリン・ビジョン21(NK21)」として発表し、強固な経営基盤を固めるべくビール事業を中心に構造改革を進めることを提示しました。あわせて海外ビール事業の推進、医薬事業を中心とした多角化事業の基盤強化、社会環境問題への取り組みも重要課題に挙げました。

ビール事業では、「ラガーらしさ」「一番搾りらしさ」を明確化するとともに、複数の商品で多様なニーズに応える“マルチブランド戦略”を展開しました。その過程で1998(平成10)年2月に「麒麟淡麗〈生〉」を発売して発泡酒市場に参入しました。また生産部門での生産性の向上を図るため、東京・京都・広島の3工場の生産機能を他工場に移転する工場再編成を計画・実施しました(のちに高崎工場も生産終了)。海外ビール事業では、1998(平成10)年にニュージーランドのビール会社(現在は本社をオーストラリアに移転)であるライオンネイサン社の株式を取得して資本参加しました。

1999(平成11)年9月には、「NK21」のビール事業構造改革に続いてグループ全体の構造改革に着手すべく、「キリン・グループ・ビジョン21(KG21)」を発表しました。キリンビール株式会社を事業持株会社と位置づけて国内酒類事業の経営にあたるとともに、グループ経営を推進してグループとしての企業価値向上を目指すことを掲げたのです。そこで従来の事業領域を「コア事業」・「コア関連事業」・「多角化事業」の3つのグループに再編成して効率的な事業展開を図り、また国際酒類・医薬・アグリバイオ・機能食品事業を社内カンパニーと位置づけて、それぞれが自主自立して経営を行う体制を整えていきました。

そして2000(平成12)年9月に、「KG21」を具現化した2001年中期経営計画「KG21アクションプラン」を発表しました。とくに国内酒類市場では、ビール・発泡酒を中核とする総合酒類事業への移行を打ち出し、2001(平成13)年に「キリンチューハイ氷結」を発売するなど、お客様の多様なニーズに応えて品揃えを拡大していきました。そして2005(平成17)年には「キリンのどごし〈生〉」で新ジャンルにも参入しました。また、国際酒類事業では、2004(平成16)年12月、上海に麒麟(中国)投資有限公司を設立し、同社が中国の事業を統括する体制となったのです。
発売時の「麒麟 淡麗〈生〉」

発売時の「麒麟 淡麗〈生〉」

ライオンネイサン社

ライオンネイサン社

発売時の「キリンチューハイ氷結」

発売時の「キリンチューハイ氷結」

発売時の「キリン のどごし〈生〉」

発売時の「キリン のどごし〈生〉」

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